古代日朝史の真実
投稿者: can_tama_birey 投稿日時: 2010/08/16 23:08 投稿番号: [173540 / 230347]
古代において朝鮮半島から多くの渡来人が日本に移り住み、一定の文化や技術を伝えたことは事実である。しかし、伝えられた文化や技術の中で「中国発祥ではなく、韓国独自のもの」は一切ないのも事実だ。
韓国人は、古代日本に朝鮮は多くの文化を教えてあげたのだから感謝し、尊敬せよ、と恩着せがましく主張するが、地理的関係で、中国の文物が朝鮮「経路」で輸入されたに過ぎない。そのためにenjoy koreaの中では、韓国はタダの通路、あるいはストロー、さらには「劣化ストロー」と呼ばれている。
実際、660年に百済が滅亡する前、600年からは遣隋使、次いで遣唐使が送られている事実を見ても、6世紀の後半には日本は朝鮮渡来の文化に見切りをつけ、直接中国と交渉して新しい文明を学ぼうとしたことが伺える。
(ちなみに、607年には隋の国王に対して、聖徳太子が有名な「日出づる処の天子,書を日没する処の天子に致す
恙無(つつがな)きや」(「隋書倭国伝」による)という文書を送った事実が示すように、この時点で日本は中国の属国ではなく対等の独立国家としての誇りを示し、中国もそれを認めた。一方朝鮮は日韓併合まで延々と中国の属国であり続けた)
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