Re: 「三跪九叩頭の礼」のビックリ解釈
投稿者: asianrobo 投稿日時: 2010/08/10 22:47 投稿番号: [172955 / 230347]
致命的な馬鹿を晒しましたねぇ〜、トピ屑もw。
で、捕捉ですが、
>出でて、汗の言を伝う。(汗とは、突厥やモンゴルの大首長をさす。
従ってホンタイジのこと)
このとき、ホンタイジは、モンゴルを服属させた際に元の玉璽を得て皇帝になっていますので、立派なハーン(汗)です。
あと、龍胡は、龍骨大=英俄爾岱の事ですね。
つ〜か、丙子胡乱自体が、その皇帝即位を認めなかった李朝への懲罰の為で、トピ屑自身が書いているように、「降伏するなら認めてやってもいいが、嫌なら即コロス」と言うスタンスですから、降伏を纏めても功績になんてなる訳無いんですよね。
仁宗が三跪九叩頭の礼を行う羽目になったのも、自ら和議の申し入れを行ったにもかかわらず、誤魔化しのような対応を繰り返した結果、「責任者の首」>「世継ぎ」>「仁宗が詫び入れんのなら許さん」と清側の態度が硬化したからですし。
>同時代の朝鮮王朝の記録よりもそっちが日付も内容も正確なんか?(大笑)
こっちもトドメネタを
仁祖実録
巻三十四
仁祖15年(1637)2月1日
上又言歳貢難弁之状両将曰貴国事勢帝所目覩当自再明年始行矣
これは、仁宗が、英俄爾岱・馬福塔両将に謁見した際に、朝鮮が困窮しているため、降伏した際に合意した朝貢の内容を履行するのが難しい事を告げたところ、「帝も窮状は見ておられる。再来年から釣行を始めると言うことで構わない」と答えた事を記した物です。
2月1日に降伏した訳がありませんわな。
>ふーん。朝鮮王朝実録の記述はデタラメで信じるに値しないと?
まあ、朝鮮王朝実録だけでなく清史稿もありますから、比較検討すれば、妥当な事実が浮かび上がってくる訳ですから、トピ屑が何をほざこうと意味がないんですよね。
トピ屑の場合は、比較検討どころか、都合の良いところをつまみ食いして捏造と懇意的解釈を繰り返すだけですが。
これは メッセージ 172939 (run_run72 さん)への返信です.
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