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>日韓併合の特殊性

投稿者: aoiparrot01 投稿日時: 2002/10/07 12:06 投稿番号: [1698 / 230347]
日韓併合も広義の植民地支配と捉えた場合、所謂植民地支配には3形態あります。
1.アングロサクソン型    コロニーを作り現地住民との支配・被支配の関係。
   オランダとインドネシア
   イングランドとインド

2.ラテン型    現地住民との雑婚により新しい人種を作り出し、キリスト教への改宗を促し、統治に協力する勢力とする。
   スペインとフィリピン
   ポルトガルと東ティモール

3.併合型    内地延長政策
   言わずと知れた、日本と韓国

1と2においては再三の武力弾圧を行なうこと。   時にキリスト教徒や混血した新人種を優遇することにより、分轄統治を行なうこと。特に、現地住民の内部に拮抗した勢力を複数作り、対立させることによって植民地統治に対する不満を転嫁させる分轄統治はイングランドの得意技でした。
ミャンマーの分裂はこの延長線上にあるものです。

3の日本型の場合、当初の1919年までの武断統治では、武力弾圧も三一運動まで行なわれたものの、その後の文治への転換により、日韓併合の形態は大変特異なものになったと思われます。
西欧に見られるように分轄して表面上平穏に保ち搾取する型と明確に違うのは、半島丸抱えで国民に組みこんでしまう形態だった事。これを実現できると信じ、実行した事に見られるのは、どうしても日本人の気質である「完璧主義」と「要領の悪さ」と感じてしまう。日本が行なおうとした事は精神の日本化であり、近代化に伴う情報流通のスピードアップもあり、瞬く間に日本文化が流入したことは想像できます。
また、時は大正デモクラシーという事もあり、文治統治に入ってからは、朝鮮人に対する強要というより、日常に自然に流れ込んで来た。この時期日本からの共産主義にカブれた朝鮮人も多かった事から考えても、朝鮮においても情報を取捨選択できるだけの自由があったと考えられます。
この時期の朝鮮人たちは、韓国で教えられるように親日と反日に白黒明確に区別されるようなものではなく、多くはグレイだった。近代化によるある種のゆとりから、思想が芽生え、溢れる日本文化に対する違和感、そこから生まれる朝鮮人としての民族意識が漠然と形成されていった。
戦後の日本人のアメリカ文化に対する感情のようなものが形成されていったのではないかと想像します。

日本人であるというアイデンティティーを持つまでに至った人は、多くはいなかったのではないでしょうか。元々異なる根強い文化風習を有していた事から考えても。
ただ、物凄く不満だったかといえば、そうではなかった。ある程度日本文化、近代化を享受していたものの、日常生活の上での賃金差や待遇差等に対する怒りはあったと想像することは容易です。
こうした差別待遇が、西欧の植民地と比較した時に微小であったとはいえ、プライドを傷つけたこと、これに対しては反省すべきことでしょう。しかしながら、韓国で言われるような、圧政によって苦しみ抜いたという表現は全く適切ではないと、考えられます。
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