Re: 前方後円墳
投稿者: run_run72 投稿日時: 2009/11/02 00:19 投稿番号: [157450 / 230347]
>>横穴式石室をそなえ、家形石棺のものも多い
しかも立法体ではない。
他の定義では、玄室に言及なし。<
>一次元でもあるまいし、立方体の棺を何処に埋葬するんだ、アホ!
うん?>>のあとの私の発言では、石室が立法体じゃないことを言っているんだが?
おまえ自身が、No.157245でこういってるんだがね。
>>方墳は玄室の内部が立方体。六角墳は立方体の天井を三分割にして真ん中を持ち上げた形状。(天井の両隅が傾斜しているという事。)八角墳は天井を五分割にして円に近い形になっているという事だ。
玄室の形が仮に丸でも三角でも、
平面の全体形状が概略四角であれば、方墳だろうが。
玄室の形なぞ、
古墳の平面形状とは異なり本質的な問題じゃない。
再録しとく。
ttp://www.interq.or.jp/gold/waki/kofun/rekishi.html
方墳研究史
方墳の定義
方墳については前方後円墳などと違って、非常にシンプルな形をしている。従って、その定義についても非常に簡明なものが多い。これまで、編集された考古学辞典には次のような定義がある。
①「墳丘の平面形が方形の古墳をいう。」(杉山晋作「方墳」『考古学小辞典』1983)
②「墳丘の平面形が方形に作られた古墳。ピラミッドのような方錐形のものも方墳と言えぬこともないが、ふつう頂部が平らになった戴方錐形のものを言う。中国では秦漢時代に方墳が一般的であり、高句麗の石塚、土塚にも方墳がある。」(小林行雄「方墳」『図解考古学辞典』1959)
③「古墳の一形式。方形の高塚をなしている。本来、方墳は、大陸の古代墓制の基本的な形態でもあるが、日本でも各地にみられる。前期方墳にも指摘されるが、とくに後期や終末期のものも多く、横穴式石室をそなえ、家形石棺のものも多い。なお、方墳と弥生時代の方形周溝墓との関連性の問題も、新たな研究の課題であるが、方形周溝墓から方墳への発達というように、直接、結びつけることは無理であるようである。」(斉藤 忠「方墳」『日本考古学用語辞典』学生社 1998)
④「墳丘の平面形が方形を呈する古墳。方墳の平面形は基本的には正方形であるが、長方形をした長方墳もまれに存在する。(中略)方墳は古墳時代の前期から終末期の全期間にかけて築造されているが、数は円墳などに比べさほど多くはない。また方墳の性格や築造の史的背景も各時期によって異なると考えられる。」(戸沢充則・大塚初重編『最新日本考古学用語辞典』柏書房 1996)
以上のように多くの考古学辞典の方墳の項目を最大公約数的にまとめれば「平面形が方形である古墳の総称。」であるということになる。
お前は何がなんでも、
日本にある前方後円墳は全て明治期・幕末期の急造と言い張っても、
それでは説明ができないほど、
多数の前方後円墳がある事実はかえることができない。
それも、現存している、見つかったもの、だけでも多数あるわけだからな。
むしろ明治期以降の開発なんぞで毀損された事例の方が多かろうね。
ミサイルさんへのレスでも書いたが、
百舌古墳群あたりは平地にあり、交通の要衝といってもいいだろう。
仁徳陵の近く(1kmくらいはあるか)の
方違神社なんかは由来がそもそも神功皇后の新羅征伐wwww
伝説は別として、
百舌古墳群のあるあたりは、平地でね、
交通の要衝でもあった。
そんなところにあれだけの巨大古墳を急造、捏造ねえwwwww
補修とか外堀の発掘、というのなら捏造とはいえんよな。
埋葬者が仁徳天皇であろうがなかろうが、大王クラスの権力者であることには違いがないし、
その勢力が、同時期、韓国南部を勢力下においていた、
つうこともほぼ間違いなかろう。
しかも立法体ではない。
他の定義では、玄室に言及なし。<
>一次元でもあるまいし、立方体の棺を何処に埋葬するんだ、アホ!
うん?>>のあとの私の発言では、石室が立法体じゃないことを言っているんだが?
おまえ自身が、No.157245でこういってるんだがね。
>>方墳は玄室の内部が立方体。六角墳は立方体の天井を三分割にして真ん中を持ち上げた形状。(天井の両隅が傾斜しているという事。)八角墳は天井を五分割にして円に近い形になっているという事だ。
玄室の形が仮に丸でも三角でも、
平面の全体形状が概略四角であれば、方墳だろうが。
玄室の形なぞ、
古墳の平面形状とは異なり本質的な問題じゃない。
再録しとく。
ttp://www.interq.or.jp/gold/waki/kofun/rekishi.html
方墳研究史
方墳の定義
方墳については前方後円墳などと違って、非常にシンプルな形をしている。従って、その定義についても非常に簡明なものが多い。これまで、編集された考古学辞典には次のような定義がある。
①「墳丘の平面形が方形の古墳をいう。」(杉山晋作「方墳」『考古学小辞典』1983)
②「墳丘の平面形が方形に作られた古墳。ピラミッドのような方錐形のものも方墳と言えぬこともないが、ふつう頂部が平らになった戴方錐形のものを言う。中国では秦漢時代に方墳が一般的であり、高句麗の石塚、土塚にも方墳がある。」(小林行雄「方墳」『図解考古学辞典』1959)
③「古墳の一形式。方形の高塚をなしている。本来、方墳は、大陸の古代墓制の基本的な形態でもあるが、日本でも各地にみられる。前期方墳にも指摘されるが、とくに後期や終末期のものも多く、横穴式石室をそなえ、家形石棺のものも多い。なお、方墳と弥生時代の方形周溝墓との関連性の問題も、新たな研究の課題であるが、方形周溝墓から方墳への発達というように、直接、結びつけることは無理であるようである。」(斉藤 忠「方墳」『日本考古学用語辞典』学生社 1998)
④「墳丘の平面形が方形を呈する古墳。方墳の平面形は基本的には正方形であるが、長方形をした長方墳もまれに存在する。(中略)方墳は古墳時代の前期から終末期の全期間にかけて築造されているが、数は円墳などに比べさほど多くはない。また方墳の性格や築造の史的背景も各時期によって異なると考えられる。」(戸沢充則・大塚初重編『最新日本考古学用語辞典』柏書房 1996)
以上のように多くの考古学辞典の方墳の項目を最大公約数的にまとめれば「平面形が方形である古墳の総称。」であるということになる。
お前は何がなんでも、
日本にある前方後円墳は全て明治期・幕末期の急造と言い張っても、
それでは説明ができないほど、
多数の前方後円墳がある事実はかえることができない。
それも、現存している、見つかったもの、だけでも多数あるわけだからな。
むしろ明治期以降の開発なんぞで毀損された事例の方が多かろうね。
ミサイルさんへのレスでも書いたが、
百舌古墳群あたりは平地にあり、交通の要衝といってもいいだろう。
仁徳陵の近く(1kmくらいはあるか)の
方違神社なんかは由来がそもそも神功皇后の新羅征伐wwww
伝説は別として、
百舌古墳群のあるあたりは、平地でね、
交通の要衝でもあった。
そんなところにあれだけの巨大古墳を急造、捏造ねえwwwww
補修とか外堀の発掘、というのなら捏造とはいえんよな。
埋葬者が仁徳天皇であろうがなかろうが、大王クラスの権力者であることには違いがないし、
その勢力が、同時期、韓国南部を勢力下においていた、
つうこともほぼ間違いなかろう。
これは メッセージ 157294 (topics_jk さん)への返信です.
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