Re: 前方後円墳
投稿者: run_run72 投稿日時: 2009/10/29 01:20 投稿番号: [157282 / 230347]
>何を言い訳してるのかね?
名所図会の性格を説明しただけだが。
>方違社が正面ならおっぱい型だろうが?(猛爆)
おっぱい型ではない。なぜなら方違神社は平地(平坦)だからね。
ttp://izuminokuni.town-web.net/modules/meishozue_01/index.php?content_id=16
よくみろよ。
鎮守の森、即ち木の絵が書き込んであるから
おまえのバイヤスがかかった目にはそう見えるだけだろ。
方違神社をグーグルマップで検索してみろよ。
最大までに拡大してみて上から見て隆起が認められるか?
方違神社の画像なら公式ホームページでも、それ以外でもなんぼでもある。
おっぱい型の隆起なんてないね。思い込みで物をいうな。
それと名所図会、方違いさんと仁徳陵の間に雲がたなびいたりしてる。
位置関係は、テキトー(中略)ってことだろ。それに、
方違神社と仁徳天皇陵は、一番近いところ(後円の先端)で1キロはあるんだよ。
さて、お楽しみの「前方後円墳の定義」玄室が鍵穴形。
古墳を語ろうとするくせに、玄室の意味もしらなかった、と私は
見てるんだがwww
>方墳は玄室の内部が立方体。六角墳は立方体の天井を三分割にして真ん中を持ち上げた形状。(天井の両隅が傾斜しているという事。)八角墳は天井を五分割にして円に近い形になっているという事だ。
苦しいなあ(猛爆)まあ、そういうふうな説明するしかあるまい(猛爆)
>要するに、今までの日本の学会では、陵墳を玄室(方墳、六角墳、八角墳)で定義しているのもあれば、外見(円墳、前方後円墳)で定義しているものも有るという事で、あやふやだったという事だ。
ほう。陵墓を玄室の形で分類してるのがあるのか?
古墳の分類・定義とあらば、
もっとも特長的な外形の全体形状が普通だと思うがな。
ttp://bell.jp/pancho/travel/nisinokyo/kofun.htm#sec-2
ttp://iseki.ipc.shimane-u.ac.jp/tanken/Chrctr/kofun/syurui1.html
どっちも全体形状で分類してるようだが。
>しかも、前方後円墳なるものは、ネーミングした人物が寛政の三奇人の一人蒲生君平で、横から見た形を貴族の乗る屋形車に見たてて、方墳を引き手、円墳を車としたためにあの前後関係になっただけの話で、学術的な意味合いなど何も無い。
奇人であろうがなんであろうが、
端的な命名だから、今も通用してるんだろうが。
方墳すら玄室の形で定義してるって(大笑)珍説を唱えるキミが
学術的な意味はない、ってエラそうに。
>現在は、前方後円墳は参道と一体化したものと定義されているようだが、呼び名は前方後円墳のままにしているという事だな。
>従って、前方後円墳と呼ぶのは間違いとは言わないが、
結局今も、学会でも、一般でも、前方後円墳という呼び名が通用している。
およそ唯一無二の分類のされ方、っつうことじゃないか。
>幕末、明治に改造されてる事実があるから、古代人が前方後円墳として意識して造営したかというのは不明といっている。古代人は横からしか見る事が出来ないからね。(猛爆)
矛盾だらけの一文だね。
「幕末、明治に改造されてる事実があるから、」といってる一方、
「横から見ることしかできないから、前方後円墳を前方後円墳と認識できなかった(つまり現在と同じ形状のものはあった)」としかとれない。
名所図会の性格を説明しただけだが。
>方違社が正面ならおっぱい型だろうが?(猛爆)
おっぱい型ではない。なぜなら方違神社は平地(平坦)だからね。
ttp://izuminokuni.town-web.net/modules/meishozue_01/index.php?content_id=16
よくみろよ。
鎮守の森、即ち木の絵が書き込んであるから
おまえのバイヤスがかかった目にはそう見えるだけだろ。
方違神社をグーグルマップで検索してみろよ。
最大までに拡大してみて上から見て隆起が認められるか?
方違神社の画像なら公式ホームページでも、それ以外でもなんぼでもある。
おっぱい型の隆起なんてないね。思い込みで物をいうな。
それと名所図会、方違いさんと仁徳陵の間に雲がたなびいたりしてる。
位置関係は、テキトー(中略)ってことだろ。それに、
方違神社と仁徳天皇陵は、一番近いところ(後円の先端)で1キロはあるんだよ。
さて、お楽しみの「前方後円墳の定義」玄室が鍵穴形。
古墳を語ろうとするくせに、玄室の意味もしらなかった、と私は
見てるんだがwww
>方墳は玄室の内部が立方体。六角墳は立方体の天井を三分割にして真ん中を持ち上げた形状。(天井の両隅が傾斜しているという事。)八角墳は天井を五分割にして円に近い形になっているという事だ。
苦しいなあ(猛爆)まあ、そういうふうな説明するしかあるまい(猛爆)
>要するに、今までの日本の学会では、陵墳を玄室(方墳、六角墳、八角墳)で定義しているのもあれば、外見(円墳、前方後円墳)で定義しているものも有るという事で、あやふやだったという事だ。
ほう。陵墓を玄室の形で分類してるのがあるのか?
古墳の分類・定義とあらば、
もっとも特長的な外形の全体形状が普通だと思うがな。
ttp://bell.jp/pancho/travel/nisinokyo/kofun.htm#sec-2
ttp://iseki.ipc.shimane-u.ac.jp/tanken/Chrctr/kofun/syurui1.html
どっちも全体形状で分類してるようだが。
>しかも、前方後円墳なるものは、ネーミングした人物が寛政の三奇人の一人蒲生君平で、横から見た形を貴族の乗る屋形車に見たてて、方墳を引き手、円墳を車としたためにあの前後関係になっただけの話で、学術的な意味合いなど何も無い。
奇人であろうがなんであろうが、
端的な命名だから、今も通用してるんだろうが。
方墳すら玄室の形で定義してるって(大笑)珍説を唱えるキミが
学術的な意味はない、ってエラそうに。
>現在は、前方後円墳は参道と一体化したものと定義されているようだが、呼び名は前方後円墳のままにしているという事だな。
>従って、前方後円墳と呼ぶのは間違いとは言わないが、
結局今も、学会でも、一般でも、前方後円墳という呼び名が通用している。
およそ唯一無二の分類のされ方、っつうことじゃないか。
>幕末、明治に改造されてる事実があるから、古代人が前方後円墳として意識して造営したかというのは不明といっている。古代人は横からしか見る事が出来ないからね。(猛爆)
矛盾だらけの一文だね。
「幕末、明治に改造されてる事実があるから、」といってる一方、
「横から見ることしかできないから、前方後円墳を前方後円墳と認識できなかった(つまり現在と同じ形状のものはあった)」としかとれない。
これは メッセージ 157245 (topics_jk さん)への返信です.
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