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Re: 従軍慰安婦について

投稿者: topics_jk 投稿日時: 2009/08/12 08:01 投稿番号: [153861 / 230347]
>慰安婦問題について、ここから横レスします。
強制性を示す資料がないのに、なぜ証言だけで慰安所に監禁され売春を強要されたと言えるのでしょう?客観性を欠き主観だけで妄想する典型例ですね。(笑)
また慰安婦の聞き取り資料で有名な「アメリカ戦時情報局心理作戦班 日本人捕虜尋問報告」でも過酷な性の奴隷を示す証言にはなってませんね。下のリンクは翻訳のニュアンスに触れたものです。<

ttp://members.at.infoseek.co.jp/ash_28/ca_i02_1.html
「アメリカ戦時情報局心理作戦班 日本人捕虜尋問報告 第49号 1944年10月1日」に関連して

はじめに
この報告は、1944年8月10日ごろ、ビルマのミッチナ陥落後の掃討作戦において捕らえられた20名の朝鮮人「慰安婦」と2名の日本の民間人に対する尋問から得た情報に基づくものである。

日本人捕虜尋問報告 第49号は、慰安婦と楼主という立場を異にする、利害の異なる2者の被尋問報告。従って、相反する自己に有利な証言の羅列という矛盾がある。

一例
>慰安婦たちの暮らしぶりを「贅沢ともいえるほど」、「欲しい物品を購入するお金はたっぷりもらっていたので、彼女たちの暮らし向きはよかった」とする一方で、
「多くの「楼主」は、食料、その他の物品の代金として慰安婦たちに多額の請求をしていたため、彼女たちは生活困難に陥った」ともしている。

生活困難なのに贅沢で良い暮らしは出来ない。

>「彼女たちは、ビルマ滞在中、将兵と一緒にスポーツ行事に参加して楽しく過ごし、また、ピクニック、演奏会、夕食会に出席した。彼女たちは蓄音機をもっていたし、都会では買い物に出かけることが許された」としている一方で、将兵の利用時間は兵が「午前10時〜午後5時」、下士官が「午後5時〜午後9時」、将校が「午後9時〜午前0時」と慰安婦にとっては「午前10時から(深夜の)午前0時」とほぼ一日中慰安所に缶詰めの状態であり、利用日も休業日が週1日だけで、それも昼は定期健康診断で、夜は、「将校は週に夜7回利用することが認められていた」ため、つぶれることがあったことは容易に推測できる。

缶詰状態では、出かける時間はつくれない。

徴    集
  1942年5月初旬、日本の周旋業者たちが、日本軍によって新たに征服された東南アジア諸地域における「慰安役務」に就く朝鮮人女性を徴集するため、朝鮮に到着した。この「役務」の性格は明示されなかったが、それは病院にいる負傷兵を見舞い、包帯を巻いてやり、そして一般的に言えば、将兵を喜ばせることにかかわる仕事であると考えられていた。これらの周旋業者が用いる誘いのことばは、多額の金銭と、家族の負債を返済する好機、それに、楽な仕事と新天地――シンガポール――における新生活という将来性であった。このような偽りの説明を信じて、多くの女性が海外勤務に応募し、2、3百円の前渡金を受け取った。
  ↑
偽りの募集説明、即ち騙して募集したと書かれているね。

ATIS Research Reports No. 120 Amenities in the Japanese Armed Force, Nov. 15, 1945

“Prisoner of war, his wife and sister-in-law had made some money as restaurant keepers in KEIJO, KOREA, but their trade declining. They looked for an opportunity to make more money and applied to Army Headquarters in KEIJO for permission to take “comfort girls” from KOREA to BURMA. According to prisoner of war, the suggestion originated from Army Headquarters and was passed to a number of similar Japanese ‘business men’ in KOREA.
捕虜、その妻、および義理の姉妹は、朝鮮の京城にて食堂経営者としてそれなりに稼いでいたが、客足は減ってきていた。彼らはより多く稼ぐ機会を得ようと、京城の陸軍司令部に応募して、「慰安婦」を京城からビルマへ連れて行く許可を求めた。
捕虜によると(応募して許可を求めるようにという)示唆は、もともと陸軍司令部から出たもので、同じような多数の日本人業者にもそれは伝えられていた。

陸軍司令部の命令で、偽りの募集説明で女性を集め、前渡金で縛り強制的に慰安婦に仕立て上げたと言うことだな。前渡金にしても、250円平均で22人=5,500円もの大金になる。(2005年の時点で換算すると、企業物価指数664.9、1942年度が1.912だから、5,500円=19,126,305円)売り上げの落ち込んでいた食堂経営者が負担できるような金額ではないから、陸軍司令部から出たんだろうな。

従って、軍が関与した従軍慰安婦は事実であると言う事で、お詫びするわけだ。(爆)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/letter.html
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