朝鮮奥地紀行>朝鮮紀行
投稿者: kazahayataro 投稿日時: 2002/09/26 22:52 投稿番号: [1373 / 230347]
なかなかきついことを書いてありました ^^; イザベラ・バードの基本的スタンス
がわかるかと思います。ひょっとして、これは講談社学術文庫版とは重複してい
ないのでしょうか。
イザベラ・バード(=ビショップ夫人)『朝鮮奥地紀行』(平凡社東洋文庫版)序文
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(前略)
少しでも朝鮮を知る人には、今やこの国の国家としての存立に絶対必要な条件は、
どのような形式のものであれ、後見[信託統治]である事が明かになっている。朝
鮮が、日本の力によって得た名目上の独立は、まったく名ばかりのものであった。
その間朝鮮は、手の打ちようが無いほど腐敗した行政の重荷を背負って引き続き
苦労していた。尊大にもその属国取り扱いの特徴になっている、現地の地方的利
害に無関心のふりをして中国が行ってきた助言者、案内人の役割は、清国軍が朝
鮮から排除された後、日本が引き受けた。朝鮮行政のもっとも目立った悪弊を改
革する日本の努力は、少し乱暴だったが、疑いなくまじめで誠実なものであった。
しかしビショップ夫人が明らかにしたように、経験不足であった。日本の外交官
のひとりは、東洋外交から切り離せないかにみえる術策の犠牲になって、日本の
大義に計り知れない害を招来した(*)。ロシアは周囲のやむをえぬ事情から日本が
始めた仕事を受け入れた。朝鮮国王は、強くて勇敢な人さえすっかり怯えさせる
恐怖政治からの救出かたを、ロシアの代表者に死にもの狂いで求めた。朝鮮国王
がロシア代表部に居て(**)、ロシア政府が行使した強い影響力は、殆ど期待はず
れの穏健さでロシア公使を通じて行使された、とどんなに偏った批評家でも認め
ざるを得ないだろろう。
(中略)
ビショップ夫人が描写した、ロシアの領土に居る朝鮮人移住者の状態は、賢明で
温情主義的な統治の下で、朝鮮人がその状態を改善するのにどれほど有能である
かを示している。政治的考慮は全て暫くわきに置くとして、朝鮮人の繁栄と全般
的な安寧と幸福が、文明化された列強諸国の拡大された支援の下で素晴らしく増
進する事は、疑問の余地の無いところである。どのように名付けようとも、ある
種の支援もしくは支配なしには、昔からの決まりきった慣例である圧制、強奪と
それに付随して生じる悲惨な事態は避けがたい事である。
(後略)
一八九七年十月 ウォルター・C・ヒリア
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(*) 閔妃暗殺事件のことか
(**) 俄館播遷のこと
同書 訳者あとがき
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(前略)
ところが翻訳が進むにつれ、別の意味でなんとも難しいものとなった。これはど
うかな、これは余りではないか、と思われるものが改めて多多私の心のなかで提
起されてきたのである。本書が今まで朝鮮でも日本でも全訳でまるごと紹介され
なかった理由の一端が判るような気がしたのである。こうして難産になった。詳
しくは書きたくない。
(中略)
私は本書、ビショップ夫人の『朝鮮奥地紀行』はその出版後のこの百年間に、世
界の英語文化圏の人々が朝鮮観を打ち立てる上で絶大な役割を果たして来たので
はあるまいか、と思っている。その例証のひとつに一九四五年、日本帝国主義支
配からの朝鮮解放以後、アメリカなどによって朝鮮には自治能力がないから完全
独立に先行してなん年間かの「信託統治」うんぬんの問題が提起されるに至った
事なぞが挙げられよう。結局、朝鮮は南北に分断される悲劇に見舞われたのであ
る。ともあれ本書を通して本書に書かれてあるように朝鮮を捉える人が英語文化
圏に大勢生まれたのは否定できないところであろう。
このような見地から私は原著を一字一句忽せにしないで忠実に訳出することにし
たのである。温故知新という。私は、本書は単に百年前の朝鮮のあれこれを生生
しく詳しく書き留めたところにのみ価値があるばかりではなく、更に今日的な実
践的な意義も十分汲み取れるもの、とみている。
(後略)
一九九三年三月一五日 日本東京にて 朴尚得
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がわかるかと思います。ひょっとして、これは講談社学術文庫版とは重複してい
ないのでしょうか。
イザベラ・バード(=ビショップ夫人)『朝鮮奥地紀行』(平凡社東洋文庫版)序文
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(前略)
少しでも朝鮮を知る人には、今やこの国の国家としての存立に絶対必要な条件は、
どのような形式のものであれ、後見[信託統治]である事が明かになっている。朝
鮮が、日本の力によって得た名目上の独立は、まったく名ばかりのものであった。
その間朝鮮は、手の打ちようが無いほど腐敗した行政の重荷を背負って引き続き
苦労していた。尊大にもその属国取り扱いの特徴になっている、現地の地方的利
害に無関心のふりをして中国が行ってきた助言者、案内人の役割は、清国軍が朝
鮮から排除された後、日本が引き受けた。朝鮮行政のもっとも目立った悪弊を改
革する日本の努力は、少し乱暴だったが、疑いなくまじめで誠実なものであった。
しかしビショップ夫人が明らかにしたように、経験不足であった。日本の外交官
のひとりは、東洋外交から切り離せないかにみえる術策の犠牲になって、日本の
大義に計り知れない害を招来した(*)。ロシアは周囲のやむをえぬ事情から日本が
始めた仕事を受け入れた。朝鮮国王は、強くて勇敢な人さえすっかり怯えさせる
恐怖政治からの救出かたを、ロシアの代表者に死にもの狂いで求めた。朝鮮国王
がロシア代表部に居て(**)、ロシア政府が行使した強い影響力は、殆ど期待はず
れの穏健さでロシア公使を通じて行使された、とどんなに偏った批評家でも認め
ざるを得ないだろろう。
(中略)
ビショップ夫人が描写した、ロシアの領土に居る朝鮮人移住者の状態は、賢明で
温情主義的な統治の下で、朝鮮人がその状態を改善するのにどれほど有能である
かを示している。政治的考慮は全て暫くわきに置くとして、朝鮮人の繁栄と全般
的な安寧と幸福が、文明化された列強諸国の拡大された支援の下で素晴らしく増
進する事は、疑問の余地の無いところである。どのように名付けようとも、ある
種の支援もしくは支配なしには、昔からの決まりきった慣例である圧制、強奪と
それに付随して生じる悲惨な事態は避けがたい事である。
(後略)
一八九七年十月 ウォルター・C・ヒリア
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(*) 閔妃暗殺事件のことか
(**) 俄館播遷のこと
同書 訳者あとがき
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(前略)
ところが翻訳が進むにつれ、別の意味でなんとも難しいものとなった。これはど
うかな、これは余りではないか、と思われるものが改めて多多私の心のなかで提
起されてきたのである。本書が今まで朝鮮でも日本でも全訳でまるごと紹介され
なかった理由の一端が判るような気がしたのである。こうして難産になった。詳
しくは書きたくない。
(中略)
私は本書、ビショップ夫人の『朝鮮奥地紀行』はその出版後のこの百年間に、世
界の英語文化圏の人々が朝鮮観を打ち立てる上で絶大な役割を果たして来たので
はあるまいか、と思っている。その例証のひとつに一九四五年、日本帝国主義支
配からの朝鮮解放以後、アメリカなどによって朝鮮には自治能力がないから完全
独立に先行してなん年間かの「信託統治」うんぬんの問題が提起されるに至った
事なぞが挙げられよう。結局、朝鮮は南北に分断される悲劇に見舞われたのであ
る。ともあれ本書を通して本書に書かれてあるように朝鮮を捉える人が英語文化
圏に大勢生まれたのは否定できないところであろう。
このような見地から私は原著を一字一句忽せにしないで忠実に訳出することにし
たのである。温故知新という。私は、本書は単に百年前の朝鮮のあれこれを生生
しく詳しく書き留めたところにのみ価値があるばかりではなく、更に今日的な実
践的な意義も十分汲み取れるもの、とみている。
(後略)
一九九三年三月一五日 日本東京にて 朴尚得
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これは メッセージ 1316 (aoiparrot01 さん)への返信です.
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