福沢諭吉の「脱亜論」に続く「脱韓論」2
投稿者: publicopinion100 投稿日時: 2008/08/03 00:10 投稿番号: [111512 / 230347]
福沢諭吉の「脱亜論」の↓の下りは、123年前の観察眼とは思えぬくらいだ。特に低脳朝鮮人に対する観察眼は、今の朝鮮人ぞそのものだと言っていい。
何だかんだと理由をつけては自己弁護し、泣き言を言っては哀れみを請うその姿は、低脳民族の習性と言ってよい。
>「この二国の野郎共は、自分のことだけを考え、国政を改め進歩して行こうとする気持ちすらない。交通便が発達した時代にあって、文明国の物事を見聞きししないこともないが、せっかく見聞きしても心を動かすこともなく、その古風な習慣を変えようともしない頭の程度は百千年の昔と変わらない。
>いま日々新たに変わり世界情勢にあって、たとえば、教育について論じると、やれ儒教主義だ大事だ、學校の教育原則は仁義智礼が重要だと言い、一から十にいたるまで「外見の虚飾のみ」を大事にし、現実社会にあって眞理原則の知見がないどころか道徳観さえも地に捨てられ残酷で不廉恥を極めている。
>その上、うぬぼれまくって自省の念などない低脳者(うつけ者)のようである。我輩をこの二国を見ていると文明の中心が西洋から東洋へ移り行く世界の流れのなかにあって、とてもその独立を維持できる道があるとは思わない。」
これは メッセージ 111510 (publicopinion100 さん)への返信です.
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