Re: 朝鮮の民度
投稿者: kim_taek_joo 投稿日時: 2008/08/02 08:28 投稿番号: [111339 / 230347]
小作争議
「日帝の土地収奪によって小作農に転落した農民は、日本人地主に収穫量の五○パーセント以上を小作料として納めただけでなく、さまざまな税金と肥科代金までも負担させられた。
このような状況で、農民の小作争議が頻発した。とくに日本人地主に抵抗して起きた小作争議は農民の生存権闘争であり、ひいては日帝の収奪と闘う抗日民族運動の牲格を帯びたものであった。
小作争議は一九一九年に初めて発生して以来毎年増加していった。初期の争議が小作権の移転とか高率小作科に反対する闘争であったことに比べ、一九三○年代以後の争議は日帝の収奪に反対する抗日民族運動の性格を担い、さらに激しくなっていった。
全国的な農民組織としては朝鮮農民総同盟の結成がその最初であった(一九二七)。以後、全国各地に数多くの農民組合が結成され、争議もより組織的に展開されていった。」
労働争議
「労働運動は主として日帝の植民地工業化政策にともなう過酷な労働粂件をめぐって発生した。労働争議は低賃金問題と劣悪な労働条件を主要な争点として起こったが、ストライキになると、例外なく警察が介入し多くは失敗した。争議が発生した所は大部分が日本人経営の工場だったので、争議は反帝、反日闘争としての政治的性格を帯びた。
日帝は一九三○年代に入ると、大陸への侵略戦争遂行に必要な軍需品を生産するために、軍需工場施設を拡充し、地下資源を略奪、労働力を動員した。そのようななかにあって、日帝は韓国人労働者の賃金をより引き下げ、労働時間を延長するとともに各種の負担金を強制徴収した。そのために労働者の生活が急速に悪化し、ストライキが続発した。労働者はこのようななかで地下組織をもった労働組合を結成して継続的に労働争議を戦ったが、それも日帝の苛酷な弾圧によってしだいに縮小せざるをえなくなっていった。」
これは メッセージ 111291 (monjujz さん)への返信です.
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