>若者達の無気力は教育の失敗
投稿者: narurin 投稿日時: 2005/08/10 10:17 投稿番号: [10816 / 230347]
yoikowaruiko356さん、再びおはようございます。
身分制度や生活様式の強制があるのと、自己主張が出来ないのとは、
関連性があるのでしょうか?どんなことにもルールや規制があり、
その中で、自由にやる分には、取り締まられたりしなかったのではないでしょうか?
それとも、まさに、何も言えなかったのですか?
結局、あなたが言いたいのは、国政に対する意見は、全く言えなかったし、
それは、言わせないように、国民を洗脳していた、ということですよね?
個性や自己主張という言葉を並べ、いかにも、個人の自由も何もなかった、
支配する側とされる側、を言いたいのだと思いますが、
論点がぶれていて、ごちゃ混ぜの話になっていますね。
江戸の文化って、民衆文化が花開いた時期ではありませんでしたか?
それは、民衆の自由な表現の結果でしょう?
それから、明治以降、更に自由がなかったかのような発言をされた後、
現在は、自由を保証されている国になった、と論じましたね。でも、その後で、
>むしろ民衆は戦前の方が天下国家を論じ国際問題にも関心が今より高かったのでは、、、その内容はぬきにしても、、、ないだろうか。
以前の方が、制約があったにもかかわらず、天下国家について論じた、
とあるのは、矛盾しています。
統制とは、連綿と流れる歴史の中で、人の文化や文明の発達に合わせ、
変幻自在に変わります。国民が幼いほど、統制は必要で、
国としての体をなすための、必要なアイテムでしょう。
日本は、緩やかに議会制民主主義になりつつあった国です。
戦争を経験し、戦後にアメリカ式が導入され、否応なしに、現在になりました。
あんたが思うほど、支配者と苦しめられ、抑圧された民衆の関係ではなかった、
というのが、私の認識です。
なお、唯一賛同できるのは、ここで、あまり語られなかった
「若者達の無気力は教育の失敗」という題名です。正し、学校教育と、
親の教育両面の失敗でしょうね。
これは メッセージ 10803 (yoikowaruiko356 さん)への返信です.
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