横レス
投稿者: pesiticider 投稿日時: 2005/08/10 00:31 投稿番号: [10810 / 230347]
>戦後韓国がどのような事をしようとするまいと、国家主権を根こそぎ奪われた苦悩は体験者でなければ味わえない苦痛だったろう、と想像します。
李氏朝鮮は、建国時(1392年)から明、1636年からは清の属国でした。
その李氏朝鮮に完全な「国家主権」を与えたのは、日本でした。(「日清戦争」後の「下関条約・第一条」=“清国は朝鮮を自主独立の国と認めること”)
1897年、李氏朝鮮は大韓帝国と国名を変え、自主独立の国として出発しようとしましたが、実際は独立国としては力不足で、直にロシアの圧力に屈し、ロシア海軍に釜山付近の馬山浦を基地として提供、さらにロシア陸軍が北朝鮮の龍岩浦に入ってきたことが原因で「日露戦争」が勃発すると、大韓帝国は「中立宣言」をしたにも拘わらず、皇帝の高宗はロシアの勝利が濃厚と見て、裏でロシアと通じました。しかし日本の勝利が確実となると、大韓帝国は親日に路線変更、このように常に勝ち馬に乗ろうとする事大主義の延長線上に、「この際、日の出の勢いの日本と合邦すべき」という「日韓併合論」が台頭してきたわけです。
「日韓併合論」の代表者が李完用首相らであり、日本の「日韓併合論」者の寺内正毅らと結んで、反対派を押さえ込み、「日韓併合条約」が締結されました。
このような経過から、韓国は「日韓併合」に関しては、一方的な被害者とはいえません。
>日本も今国家主権があるのか、ないのか、話題になりますが、これとは比べ物にもならないほどのものだったでしょう。
現在の日本に国家主権があるのか、ないのか話題にしているのは、反米主義者の「ポチ論者」だけでしょう。
実際は、歴然たる独立国である日本に国家主権があるのは自明の理です。
一方、「日韓併合時代」の朝鮮半島は、すなわち日本だったわけですから、そこに韓国としての国家主権があったはずがありません。
この両者を比べるという発想自体が、無意味で馬鹿げたことのように思えます。
>でも反面、そうした光景は世界中のカラードが欧米白人諸国家に隷属を強制された、ごくありきたりの光景だったのではないか。
全然違うでしょう。韓国人や台湾人に日本国籍を与え、日本人と同等に扱おうとした日本と、アフリカやアジア諸国を単なる経済搾取の対象とした欧米諸国では全く発想の原点が違います。
韓国人や台湾人は日本人と肌の色も同じですから、一つの国となって二世代、三世代経てば、日本人と全く区別がつかなくなりますが、肌の色の違う白人と有色人種ではそうはいきません。実際、19世紀までは「奴隷制度」が存在していたのです。
アメリカで黒人差別を禁止する「公民権法」が成立したのは、つい40年ほど前の1964年のことですよ。
>韓国の場合は日本人が宗主国になった、という違いがあるけど、客観的に見るとそういう時代にそうなる運命にあった国、という現実をもまた冷厳な目で知り認識することが、韓国に求められているように思える。
それは、その通りでしょうね。
20世紀初頭という弱肉強食の時代は、大韓帝国という存在感の乏しい小国が、独立独歩で生き抜いていけるほど甘っちょろい国際環境ではありませんでした。
>あまりにも被害国としての立場に甘えているというか、溺れている、というか。主観から一歩も出ることなく、客観視することがむずかしそうだ。
これは多分に「第二次大戦」後に「ポツダム宣言」の条項により独立することになった韓国(北朝鮮)が、日本時代を否定する教育を国家政策として続けてきたせいだと思われます。
「日本時代は悪かった。だから独立したのだ。独立した今の方が日本時代よりはるかに幸せなのだ。」という論理立てなのでしょうね。
そして、そういう論理の延長線上には、「日本が韓国(北朝鮮)より良い国であってもらっては都合が悪い」という部分もあるのでしょう。なぜなら、「それなら独立しない方がよかったのではないか」という意見が必ず出てくるからです。
>しかしその時代に韓国という国家が受けた侮辱、怨念は体に染み込んで子孫に伝えられているだろう。
実際に日本時代を経験している人達は、日本時代の屈辱的体験だけでなく、肯定的に評価できる体験もたくさんしていますよ。
ですから日本を知っている世代の方が反日感情が弱く、戦後の国家政策としての「反日民族主義教育」で育った世代の方が、反日感情が強いという妙な現象が起きているわけです。
>そのことについて、日本は加害国の立場であったことを忘れない為にも、彼らの気持ちの一端なりとも理解・想像してみることは必要だと思う。
当時の韓国犠牲者に対する精神的供養となるよう祈りながら。
韓国犠牲者とは誰のことをいっているんですか?
李氏朝鮮は、建国時(1392年)から明、1636年からは清の属国でした。
その李氏朝鮮に完全な「国家主権」を与えたのは、日本でした。(「日清戦争」後の「下関条約・第一条」=“清国は朝鮮を自主独立の国と認めること”)
1897年、李氏朝鮮は大韓帝国と国名を変え、自主独立の国として出発しようとしましたが、実際は独立国としては力不足で、直にロシアの圧力に屈し、ロシア海軍に釜山付近の馬山浦を基地として提供、さらにロシア陸軍が北朝鮮の龍岩浦に入ってきたことが原因で「日露戦争」が勃発すると、大韓帝国は「中立宣言」をしたにも拘わらず、皇帝の高宗はロシアの勝利が濃厚と見て、裏でロシアと通じました。しかし日本の勝利が確実となると、大韓帝国は親日に路線変更、このように常に勝ち馬に乗ろうとする事大主義の延長線上に、「この際、日の出の勢いの日本と合邦すべき」という「日韓併合論」が台頭してきたわけです。
「日韓併合論」の代表者が李完用首相らであり、日本の「日韓併合論」者の寺内正毅らと結んで、反対派を押さえ込み、「日韓併合条約」が締結されました。
このような経過から、韓国は「日韓併合」に関しては、一方的な被害者とはいえません。
>日本も今国家主権があるのか、ないのか、話題になりますが、これとは比べ物にもならないほどのものだったでしょう。
現在の日本に国家主権があるのか、ないのか話題にしているのは、反米主義者の「ポチ論者」だけでしょう。
実際は、歴然たる独立国である日本に国家主権があるのは自明の理です。
一方、「日韓併合時代」の朝鮮半島は、すなわち日本だったわけですから、そこに韓国としての国家主権があったはずがありません。
この両者を比べるという発想自体が、無意味で馬鹿げたことのように思えます。
>でも反面、そうした光景は世界中のカラードが欧米白人諸国家に隷属を強制された、ごくありきたりの光景だったのではないか。
全然違うでしょう。韓国人や台湾人に日本国籍を与え、日本人と同等に扱おうとした日本と、アフリカやアジア諸国を単なる経済搾取の対象とした欧米諸国では全く発想の原点が違います。
韓国人や台湾人は日本人と肌の色も同じですから、一つの国となって二世代、三世代経てば、日本人と全く区別がつかなくなりますが、肌の色の違う白人と有色人種ではそうはいきません。実際、19世紀までは「奴隷制度」が存在していたのです。
アメリカで黒人差別を禁止する「公民権法」が成立したのは、つい40年ほど前の1964年のことですよ。
>韓国の場合は日本人が宗主国になった、という違いがあるけど、客観的に見るとそういう時代にそうなる運命にあった国、という現実をもまた冷厳な目で知り認識することが、韓国に求められているように思える。
それは、その通りでしょうね。
20世紀初頭という弱肉強食の時代は、大韓帝国という存在感の乏しい小国が、独立独歩で生き抜いていけるほど甘っちょろい国際環境ではありませんでした。
>あまりにも被害国としての立場に甘えているというか、溺れている、というか。主観から一歩も出ることなく、客観視することがむずかしそうだ。
これは多分に「第二次大戦」後に「ポツダム宣言」の条項により独立することになった韓国(北朝鮮)が、日本時代を否定する教育を国家政策として続けてきたせいだと思われます。
「日本時代は悪かった。だから独立したのだ。独立した今の方が日本時代よりはるかに幸せなのだ。」という論理立てなのでしょうね。
そして、そういう論理の延長線上には、「日本が韓国(北朝鮮)より良い国であってもらっては都合が悪い」という部分もあるのでしょう。なぜなら、「それなら独立しない方がよかったのではないか」という意見が必ず出てくるからです。
>しかしその時代に韓国という国家が受けた侮辱、怨念は体に染み込んで子孫に伝えられているだろう。
実際に日本時代を経験している人達は、日本時代の屈辱的体験だけでなく、肯定的に評価できる体験もたくさんしていますよ。
ですから日本を知っている世代の方が反日感情が弱く、戦後の国家政策としての「反日民族主義教育」で育った世代の方が、反日感情が強いという妙な現象が起きているわけです。
>そのことについて、日本は加害国の立場であったことを忘れない為にも、彼らの気持ちの一端なりとも理解・想像してみることは必要だと思う。
当時の韓国犠牲者に対する精神的供養となるよう祈りながら。
韓国犠牲者とは誰のことをいっているんですか?
これは メッセージ 10805 (yoikowaruiko356 さん)への返信です.
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