supertaketake7さんへ再度
投稿者: oohayoohay23 投稿日時: 2005/08/03 18:38 投稿番号: [10676 / 230347]
アインシュタインについては詳しくは知りませんが、世間というものはとかく結果を見てものを言っているわけです。
もし彼が、相対性理論などの結果を残さなければ、奇人、変人の範疇に入れられた可能性が強いと思います。多分にあなたも彼の業績を踏まえて「彼は奇人だった」と言っているはずです。アインシュタインの若かりし頃、あなたがそばにいて本当に彼を個性的な人だと感じるでしょうか?単に変な奴と思うのではないでしょうか。
私の言う非個性的というのは、普通ということではありません。個性と似て非なるもの、その対極にあるものということです。まさに、奇人・変人・野蛮人がそれです。普通を敢えて定義するならば没個性的だとおもいますが、誰しもそれなりの個性を持っているわけで、比喩的には使えるかもしれませんが、生きている人間に没個性的な人はいないのかもしれません。
イチロー選手が、仮にですよ(失礼な話ですが)強姦をしてつかまったとしましょう。逆にあなたは個性的な人と呼びますか?その時点で、過去の個性は封印されて、「強姦で捕まったイチロー」ということが強調されてしまうわけです。
初めにも申しましたとおり、人はとかく
結果にしか目が行かないのです。結果が良ければ「やはり個性的な人だった」となり、悪ければ「やはり変な奴だった」という判断を下すわけです。何故なら人間は全てを観察できるわけではなく、一部を捉えて判断するしかないから。
これは メッセージ 10673 (supertaketake7 さん)への返信です.
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