横レスですが>>国家のアイデンティティ
投稿者: aoiparrot02 投稿日時: 2002/08/28 14:54 投稿番号: [1061 / 230347]
「国家」という考えは、あの時代においては、「自国の軍隊を組織できる」ということに帰するのではないかと思います。それには、住民に国民であるという意識を持たせ、徴用し、軍を組織しなければなりません。残念ながら、朝鮮は当時の内戦をも自国で収めるだけの軍を保有していなかった。それは、「国民」という意識が治める側にも民衆側にも希薄だったからではないでしょうか。
・・・朝鮮は開国はしたが、国内改革ができず、宮廷内部は分裂と抗争が続いた。その後、壬午軍乱、甲申事変、東学党の乱を朝鮮は自らの力で収拾することができず、いずれも清国軍の導入が促された。
(日韓共鳴二千年史
名越二荒之助)
民衆の意識がどのようなものだったかについて、朝鮮戦争時の将軍、パクソニョップさんの自伝にこんな一節があり、興味深いです。日本も戦国時代はこんな感じだったのでしょうか。
これは、日露戦争当時のことです。
日清戦争から10年、韓半島はふたたび大陸へのかけ橋となった。豊臣秀吉の「仮道入明」が300年の時空を越えて再現されたことになる。韓国人の意思などまったく無視されたのだが、なにが起きているかを理解していた韓国人もほとんどいなかった。私の故郷江西は、第一軍主力が上陸した鎮南浦と平壌の中間にあり、第一軍の兵站基地がもうけられていた。(中略)他の地域よりも日本軍との接触が多かったと思うが、私は土地の古老から日露戦争の話を聞いた記憶がない。人びとには、ただ外国の軍隊が通り過ぎていったという程度の印象しかなかったのであろう。
(若き将軍の朝鮮戦争)
「国家アイデンティティ」は、近代においてはまさに、自国を防衛する意識に強くかかわってくるもので、当時の朝鮮には欠落していた。朝鮮にあったアイデンティティーは文化や宗教などによって構成される意識だと思います。儒教の拘束を強く受けていると意味では、韓国人のアイデンティティーは強烈だったかもしれないけれど、「国家」のアイデンティティは民衆だけでなく、統治者側にも希薄だったように思います。
それが、日本、ロシアなどにつけいらせる大きな原因だったわけですよね。
お邪魔しました。
これは メッセージ 1060 (uumin3 さん)への返信です.
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