Re: monjujzさんへ
投稿者: topics_jk 投稿日時: 2008/05/30 11:40 投稿番号: [103252 / 230347]
>これ、全否定するつもりはありません。ただし全肯定するつもりもありません。
ではもし日本の影響が無かったとして当時の朝鮮は鉄道の路線をどのような順番で作ったでしょう?京仁線、京釜線、京義線以外の鉄道を先に作ることはありえないでしょう。<
朝鮮鉄道沿革は以下の通り。
1896年1月 - 朝鮮政府 アメリカ人に京仁鉄道敷設権、仏国に京義(ソウル・義州)鉄道敷設権を与える。
1898年漢城電気(王室とアメリカの技術者の共同出資)が路面電車を敷設、東大門の横に発電所が併設され、1899年4月8日に西大門−清涼里間に開業。
1898年6月 - アメリカ人モーリスが資金難のため、建設半ばであった京仁鉄道敷設権及びフランスから取得した京義鉄道敷設権を渋沢栄一に売却。京仁線、京釜線、京義線の鉄道敷設権は渋沢栄一等の日本人実業人が取得した。
1904年に日露戦争が勃発すると、軍事物資の決戦輸送のために突貫工事で建設され、一部河川などはフェリーで輸送する暫定的なものながら1905年に全線開通し、日本の対露戦勝に貢献した。
鉄道の重要性より、多くの鉄道の鉄道国有化に合わせて総監府鉄道管理局の所管となり、総監府鉄道庁、日本政府韓国鉄道局、日韓併合を経て朝鮮総督府鉄道局の運営となった。
>なにが言いたいかというと、「日本人の統治政策上、必要なもの」は朝鮮にとっても必要だということ。その優先順位は両者で変わりはなかった。言い換えれば「日本人の利害」は同時に「朝鮮人の利害」であった、ということ。<
最終的に、同じものを享受出来た事は理解していますよ。僕の言ってるのは、「朝鮮人の利害」とは「日本人の利害」における結果の享受で有るということです。経緯のとらえ方の違いだけですね。
>>明治43年度の、就学生徒数を見たのかな?
官公立全就学生徒19,039人の内、16,542人が内地日本人子弟。
官公立学校で卒業生が存在するのは、元朝鮮王立学校。>このサイトですよね。自分がおかしいのかな?上の数字はみつけられなかったけど。<
http://www.geocities.jp/sada5ro/Tochi_KE.html
文末に詳細が出ています。一番最後までスクロールしてください。
>ちなみにこのサイトはもしかしてこのカテにたまに出入りするsadagorouさんのものではないですか?それはともかく、明治43年といえば併合の年、つまり併合以前の政策についてまで日本の責任を問うのはいかがなものでしょう。<
以前学校で議論した時にsadagorouさんが貼り付けてきたものです。当時より詳細にUPされてるので、生徒数のみの資料として提示しました。
そもそも今回の議論が、併合時の話から始まっているわけで、何もおかしな資料とは思いませんし、以前識字率論議の時に話したように、「何十年も識字率が変化しなかった=朝鮮人生徒数が増えなかった」増えたのは日本人子弟のみと言う事ですから、十分ではないですか?
>不満爆発とは3.1運動のことですよね?
つまり1919年のことでしょ。
それが原因で賦役免除になったといっているのでしょ。
私の資料はその1年前のものです。<
>>君の新聞記事は、民間工事請負業者の話でしょう?
民間は給与を払うのは当たり前ですから、賦役と何の関係もありません。
僕の提示した憲兵隊報告書にも、労賃高騰の折の稼ぎ時に、只働きの賦役は辛いと民衆の不満が書かれています。僕の言っているのは、賦役=労賃が発生しない無償労働の事。<<
>あなたがこの件で昨日提示したサイト今消えているような気がするんですけど。それはともかく、何故同じ鉄道工事に従事する人間に、有償と無償が混在したのか興味があります。できたら資料の提示お願いします。<
投稿No.103042にあります。リンクも生きています。
精読すれば理解出来ると思いますが?
ではもし日本の影響が無かったとして当時の朝鮮は鉄道の路線をどのような順番で作ったでしょう?京仁線、京釜線、京義線以外の鉄道を先に作ることはありえないでしょう。<
朝鮮鉄道沿革は以下の通り。
1896年1月 - 朝鮮政府 アメリカ人に京仁鉄道敷設権、仏国に京義(ソウル・義州)鉄道敷設権を与える。
1898年漢城電気(王室とアメリカの技術者の共同出資)が路面電車を敷設、東大門の横に発電所が併設され、1899年4月8日に西大門−清涼里間に開業。
1898年6月 - アメリカ人モーリスが資金難のため、建設半ばであった京仁鉄道敷設権及びフランスから取得した京義鉄道敷設権を渋沢栄一に売却。京仁線、京釜線、京義線の鉄道敷設権は渋沢栄一等の日本人実業人が取得した。
1904年に日露戦争が勃発すると、軍事物資の決戦輸送のために突貫工事で建設され、一部河川などはフェリーで輸送する暫定的なものながら1905年に全線開通し、日本の対露戦勝に貢献した。
鉄道の重要性より、多くの鉄道の鉄道国有化に合わせて総監府鉄道管理局の所管となり、総監府鉄道庁、日本政府韓国鉄道局、日韓併合を経て朝鮮総督府鉄道局の運営となった。
>なにが言いたいかというと、「日本人の統治政策上、必要なもの」は朝鮮にとっても必要だということ。その優先順位は両者で変わりはなかった。言い換えれば「日本人の利害」は同時に「朝鮮人の利害」であった、ということ。<
最終的に、同じものを享受出来た事は理解していますよ。僕の言ってるのは、「朝鮮人の利害」とは「日本人の利害」における結果の享受で有るということです。経緯のとらえ方の違いだけですね。
>>明治43年度の、就学生徒数を見たのかな?
官公立全就学生徒19,039人の内、16,542人が内地日本人子弟。
官公立学校で卒業生が存在するのは、元朝鮮王立学校。>このサイトですよね。自分がおかしいのかな?上の数字はみつけられなかったけど。<
http://www.geocities.jp/sada5ro/Tochi_KE.html
文末に詳細が出ています。一番最後までスクロールしてください。
>ちなみにこのサイトはもしかしてこのカテにたまに出入りするsadagorouさんのものではないですか?それはともかく、明治43年といえば併合の年、つまり併合以前の政策についてまで日本の責任を問うのはいかがなものでしょう。<
以前学校で議論した時にsadagorouさんが貼り付けてきたものです。当時より詳細にUPされてるので、生徒数のみの資料として提示しました。
そもそも今回の議論が、併合時の話から始まっているわけで、何もおかしな資料とは思いませんし、以前識字率論議の時に話したように、「何十年も識字率が変化しなかった=朝鮮人生徒数が増えなかった」増えたのは日本人子弟のみと言う事ですから、十分ではないですか?
>不満爆発とは3.1運動のことですよね?
つまり1919年のことでしょ。
それが原因で賦役免除になったといっているのでしょ。
私の資料はその1年前のものです。<
>>君の新聞記事は、民間工事請負業者の話でしょう?
民間は給与を払うのは当たり前ですから、賦役と何の関係もありません。
僕の提示した憲兵隊報告書にも、労賃高騰の折の稼ぎ時に、只働きの賦役は辛いと民衆の不満が書かれています。僕の言っているのは、賦役=労賃が発生しない無償労働の事。<<
>あなたがこの件で昨日提示したサイト今消えているような気がするんですけど。それはともかく、何故同じ鉄道工事に従事する人間に、有償と無償が混在したのか興味があります。できたら資料の提示お願いします。<
投稿No.103042にあります。リンクも生きています。
精読すれば理解出来ると思いますが?
これは メッセージ 103164 (monjujz さん)への返信です.
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