ノータリンの uyokujanaimon
投稿者: catcerd 投稿日時: 2005/07/03 21:05 投稿番号: [86934 / 196466]
>彼は「歴史抜きに」日本の全戦争と植民地支配を正当性のないものとして断罪し、本来は現実のポリティクスのなかでしか評価し得ない問題を、歴史的な分析もなく、また、現実の国際政治上の妥当性・正当性も、何も検証することなく、研究することも言及することもなく、無前提的に且つ抽象的一般的に、悪であり否定し去るべきものと断じているにすぎないのだ。
「本来は現実のポリティクスのなかでしか評価し得ない問題」というのも断定なのですが、自覚できていますか?
>そうした思考法は、哲学ではなくてすでに一つの宗教にすぎないのではないか?
哲学って根本的行為である考える行為についての妥当性だよね。いうは易しの倫理を現実にてらして自己の意見として提示しているなら、一つの政治的意見でしょう。
第二次世界大戦に陥っていったことは人類にとっての問題ですが、日本「国」民にとっては、一層考えるところが多い問題でしょう。
>安易には「別の道」がありえたと言えない困難さを直感的に感知するからであり、その直感は正しい。どんな安易な否定よりも、圧倒的に正しいのだ。
最悪だ。本人にとってはその人が日本国内においてしか人間関係をもたないのであれば、正しいと思えるのだろう。
しかし、侵略した罪の意識がないのだ。
そのようなノータリンを教育するためにも靖国神社なんかに総理大臣は参拝しないのだとはっきり示すのがいいと思う。
これは メッセージ 86920 (uyokujanaimon さん)への返信です.
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