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宗主国

投稿者: hahadiu2000 投稿日時: 2005/07/01 18:11 投稿番号: [86464 / 196466]
日本に進駐したアメリカ兵がやった性犯罪
産経新聞は、1996年から4年間毎週日曜日に「紙上追体験あの戦争」という連載を210回にわたって掲載した。第二次世界大戦の始まりから終わりまでを紙上で追体験できるよう、飾らずに時には毒々しいまでに当時の模様を書いている。

その中の193回目には、日本が敗戦を迎え、進駐軍がやってきたときの性犯罪の様子が書かれている。それによれば、1945年(昭和20年)8月15日の敗戦後、GHQは9月10日に「言論および新聞の自由に関する覚書」を発し、進駐軍に悪い印象を与えるような記事を書くことを禁止した。そのため、占領時代の様子を書いた記事はほとんどないが、日本の内務省警保局・特高警察によって進駐軍の犯罪を文書に記録したものがある。アメリカ軍はそれを押収し、ワシントンに保存していた。この資料を終戦から23年たって週刊新潮の取材班が発見した。

アメリカ兵の記録された性犯罪は上陸と同時に起こっている。

8月15日終戦

8月28日厚木に進駐第一陣150人到着

8月30日マッカーサーが降り立ち、1,200人の将兵を引連れ横浜入り

8月30日横須賀に海兵隊7,500人が上陸

8月30日横須賀でアメリカ兵による二件の婦女暴行事件発生。お手伝いさん一人と主婦とその長女の3人が被害。

8月31日千葉県館山に海兵隊240人上陸

9月1日館山で主婦一人を3人で乱暴。

9月1日横浜でお手伝いさん一人をアメリカ軍宿舎に連れ込み27人で乱暴。仮死状態になった女性を次の日送り返す。

アメリカ軍は当初直接軍政を考えていたようで、12月には45万人の将兵が日本に進駐した。上記の記録は氷山の一角とみられる。そう思わせるような出来事が終戦直後にあった。

アメリカ軍の暴力に対して、日本政府は「性の防波堤」で対抗しようとした。8月18日、終戦わずか3日後に内務省は各都道府県知事に占領軍向けの性的慰安施設を設置するよう秘密指令を出した。そのために必要な資金として5千万円(今のお金で500億円)の融資が保証された。特殊慰安施設教会RAA(リクリエーション&アミューズメント・アソシエーション)が設立され、8月28日ごろから新聞各紙に協会名で「職員」募集の広告が打たれた。

この道の業者が勢いを得たのは言うまでもない。政府公認で警察公認の稀に見る商売は大繁盛。応募する女性も列を成した。第一号の施設となった大森の「小町園」では30人ほどの従業員では裁ききれなかったという。従業員は一日最低15人、最高60人までのアメリカ兵を相手にした。

結局この施設はマッカーサーの指示で翌年3月から立ち入り禁止となり、町に「パンパン」があふれることになった。終戦直後日本人が恐れていた「赤鬼・青鬼」は実際にいたのだ。
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