>日本は中国から学んだか
投稿者: uyokujanaimon 投稿日時: 2005/06/27 21:16 投稿番号: [85881 / 196466]
>現実に日本文化のかなりの部分は中国から北面のであることは事実です。
貴方は、「中華イデオロギー」に大分毒さているのではないか? そんなものは全く事実ではない。
問題は2つあって、一つは語法(言葉の使い方)の問題、もう一つは、事実かどうかの問題。
端的に言って、「学んだ」のではなく「研究した」のですよ。それが実態に即した正確な言い方だと思います。あまり多くを言う必要はないと思うが、師弟関係や優劣関係の文脈で用いられる「学ぶ」という語をあまり安易に用いるべきではないでしょうね。
たとえば、明治のリーダーたちは、欧米を「研究」し、有用必要な知識・技術・制度を取り入れたのです。それを我々は、謙遜のレトリックとして、「我々は欧米から多くを学んだ」と言うだけです。
同じく、仮に教養と深い考えのある中国人や韓国人と会話する場面でなら、あくまでエチケットとして「我々は中国や朝鮮から多くを学んだ」というのは正しい語法だと思います。しかしそれは、単に会話のエチケットを守ろうとしているだけのこと。歴史的事実性を語る場合は「研究した」のであり「取り入れた」と言うべきでしょう。
たとえば韓国の歴史教科書は、何百回(?)と日本に文化文物を「教えてあげた」「伝えてあげた」と書き、「文化的優越者の韓国」と「文化的劣等者の日本」というイメージを自国民にすり込む自慰行為に耽っていますね。その影響で、韓国人には、西洋文化さえ中国から朝鮮を経て日本に「伝えてあげた」と思い込んでいる連中がたくさんいるしまつ。
会話の場面でのたんなる謙遜のレトリックにすぎない「学んだ」という語法を、日本人も文字通りの史実(歴史上の出来事の描写)であると誤解して、韓国人の妄想と同一の「中華イデオロギー」に組み込まれてしまうのは愚かのきわみでしょう。
事実性ということでは、技術や知識その他の文物は、交易などの経済活動と共に広がる流通圏のなかでシェアされていると考えるべきです。LINUXのように、大昔からどんな技術も芸術も、コミュニケートされ、相互に影響しあい、フィードバックしあって発展しているものと捉えるのが現実的です。
磁器がヨーロッパに渡るのは新しいことですが、日本産、中国産のものが西欧に渡ったあと技術も芸術性でも洗練されて日本にフィードバックされ日本の文化に影響を与えたと言うことができ、文化のコミュニケーションとでも言うか、そういった相互性は普通にあることです。鉄と青銅が、日本にとって外来であり、東アジアで中国が先行していたのだとしても、現実の技術伝来と受容の場面というのは、日本に存在した国家なり社会組織が積極的に取り入れ研究したとは言えても、何の技術も前提も無いところに中国の国家などが「ほらこれを学びなさい」といって移植したなどということは、ほとんどあり得ない想像でしょう。そして、おそらく、中国の鉄器製造のセンターと日本との関係は、そのセンターと、他の中国の諸地域よりも早く緊密だったことも十分あり得るわけで、「日本は中国から学んだ」というイデオロギーでは、そうしたダイナミックな要素も見えなくなってしまうのです。
それに、「日本文化のかなりの部分が・・・」というのは、日本文化というものを余りにも小さく薄っぺらく捉える場合にしか浮かんでこない考え方にも思えます。
長くなりすぎ失礼・・・
貴方は、「中華イデオロギー」に大分毒さているのではないか? そんなものは全く事実ではない。
問題は2つあって、一つは語法(言葉の使い方)の問題、もう一つは、事実かどうかの問題。
端的に言って、「学んだ」のではなく「研究した」のですよ。それが実態に即した正確な言い方だと思います。あまり多くを言う必要はないと思うが、師弟関係や優劣関係の文脈で用いられる「学ぶ」という語をあまり安易に用いるべきではないでしょうね。
たとえば、明治のリーダーたちは、欧米を「研究」し、有用必要な知識・技術・制度を取り入れたのです。それを我々は、謙遜のレトリックとして、「我々は欧米から多くを学んだ」と言うだけです。
同じく、仮に教養と深い考えのある中国人や韓国人と会話する場面でなら、あくまでエチケットとして「我々は中国や朝鮮から多くを学んだ」というのは正しい語法だと思います。しかしそれは、単に会話のエチケットを守ろうとしているだけのこと。歴史的事実性を語る場合は「研究した」のであり「取り入れた」と言うべきでしょう。
たとえば韓国の歴史教科書は、何百回(?)と日本に文化文物を「教えてあげた」「伝えてあげた」と書き、「文化的優越者の韓国」と「文化的劣等者の日本」というイメージを自国民にすり込む自慰行為に耽っていますね。その影響で、韓国人には、西洋文化さえ中国から朝鮮を経て日本に「伝えてあげた」と思い込んでいる連中がたくさんいるしまつ。
会話の場面でのたんなる謙遜のレトリックにすぎない「学んだ」という語法を、日本人も文字通りの史実(歴史上の出来事の描写)であると誤解して、韓国人の妄想と同一の「中華イデオロギー」に組み込まれてしまうのは愚かのきわみでしょう。
事実性ということでは、技術や知識その他の文物は、交易などの経済活動と共に広がる流通圏のなかでシェアされていると考えるべきです。LINUXのように、大昔からどんな技術も芸術も、コミュニケートされ、相互に影響しあい、フィードバックしあって発展しているものと捉えるのが現実的です。
磁器がヨーロッパに渡るのは新しいことですが、日本産、中国産のものが西欧に渡ったあと技術も芸術性でも洗練されて日本にフィードバックされ日本の文化に影響を与えたと言うことができ、文化のコミュニケーションとでも言うか、そういった相互性は普通にあることです。鉄と青銅が、日本にとって外来であり、東アジアで中国が先行していたのだとしても、現実の技術伝来と受容の場面というのは、日本に存在した国家なり社会組織が積極的に取り入れ研究したとは言えても、何の技術も前提も無いところに中国の国家などが「ほらこれを学びなさい」といって移植したなどということは、ほとんどあり得ない想像でしょう。そして、おそらく、中国の鉄器製造のセンターと日本との関係は、そのセンターと、他の中国の諸地域よりも早く緊密だったことも十分あり得るわけで、「日本は中国から学んだ」というイデオロギーでは、そうしたダイナミックな要素も見えなくなってしまうのです。
それに、「日本文化のかなりの部分が・・・」というのは、日本文化というものを余りにも小さく薄っぺらく捉える場合にしか浮かんでこない考え方にも思えます。
長くなりすぎ失礼・・・
これは メッセージ 85696 (tokagenoheso さん)への返信です.
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