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投稿者: ppuppu_poo 投稿日時: 2005/06/25 12:27 投稿番号: [85460 / 196466]
通州事件
昭和12年(1937)冀東保安隊による日本人虐殺。

通州虐殺事件
「南京虐殺の徹底検証」東中野修道著   展転社より

『東京裁判却下未提出辯護側資料』第三巻に収録された外務省情報部長の公式声明(八月二日)と同部長談話(八月四日)によれば、事件が起きたのは七月二十九日(昭和十二年)の午前四時であった。三千人ほどの通州保安隊が百十名ほどの日本軍守備隊兵営を包囲し、日本人商店、旅館、民家を急襲した。通州の日本人三百八十名のうち、約二百名が虐殺された。ようやく難を免れたのは、日本軍の兵営に逃げ込んだ百二十名だけであった。

外務省情報部長談話によれば、事件の全貌は次のようであった。
《支那人は婦女、子供をも共に、全日本人を虐殺せむと企てた。婦人の多くは掻きさらはれて、二十四時間虐待酷使された後、東門の外で殺されたが、其処まで連れて行かれるには手足を縛られ、或は鼻や喉を針金で突き通されて、曳きずられたのであった。死骸は近くの池にぶち込まれ、或る者は強力な毒物をぬりつけられて、顔がずたずたになつてゐた。》

これは、戦時国際法にたいする重大な違反であった。外務省情報部長は事件から四日を経て、公式に支那兵の日本人虐殺・強姦・掠奪を批判したのである。東京裁判にも、弁護側からこの公式声明が提出された。しかし、理由の提示なきままウェッブ裁判長は却下している。「通州虐殺」は連合国にとり、触れて欲しくない問題であったからである。

しかし、その却下にもかかわらず昭和二十二年(一九四七年)四月二十五日、レヴィン弁護人は引き続き萱嶋高(元陸軍中将)を証人として喚問した。事件からすでに十年の歳月が流れていた。

『極東国際軍事裁判速記録』第五巻によれば、萱嶋は救援のため通州に急行した天津歩兵隊長及び支那駐屯歩兵第二連隊長で、七月三十日(事件の翌日)午後四時、現地に到着した。次はその萱嶋連隊長の証言である。

《城内は実に凄惨なもので、到る処、無惨な日本人居留民の死体が横たはつて居りまして、殆ど全部の死体には首に縄がつけられてありました。頑是なき子供の死体や婦人の虐殺死体は殆ど見るに耐へませんでした。》
《その記録は今日ありません。従つて私は私の目撃したことを主として、記憶を辿り、左に陳述します。然しそれは余りにも残酷でありましたので、私は一生忘れることの出来ない印象となつて頭に残つて居ります。》
《旭軒とか云ふ飲食店を見ました。そこには四十から十七,八歳迄の女七,八名は皆強姦され、裸体で陰部を露出した儘、射殺されて居りました。其の内四,五名は陰部を銃剣で突刺されてゐました。(略)家の内は家具、布団、衣類等、何物もなく掠奪されてゐました。其の他の日本人の家屋は殆ど右同様の情態でありました。》
《錦水楼と云ふ旅館は凄惨でありました。同所は危険を感じた在通州日本人が集まつた所でありましたものの如く、大量虐殺を受けてをります。(略)錦水楼の女主人や女中等は珠子繋ぎにされ、手足を縛された儘、強姦され、遂に斬首されたと云ふことでした。》

萱嶋連隊長の証言が終わると桂鎮雄(元陸軍少佐)が証人台に登った。桂は事件に際し救援に通州に派遣された第二連隊の歩兵砲中隊長代理で、七月三十一日午前二時半、現地に到着していた。

《錦水楼の門に至るや、変わり果てた家の姿を見て驚くと共に、死体より発する臭気に思はず嫌な気持になりました。(略)次に帳場配膳室に入りました。ここに男一人、女二人が横倒れとなり、或はうつぶし或は上向いて死んでをり、ここの屍体は強姦せられたか否かは判りませんが、闘つた跡は明瞭で、男は目玉をくりぬかれ、上半身は蜂の巣の様でありました。》

《私は一年前に行つたことのあるカフェーへ行きました。扉を開けて中へ入りましたが、部屋は散乱してをらず、これは何でもなかつたかと思ひつつ進んだ時、一つのボックスの中に、素つ裸の女の屍体がありました。これは縄で絞殺されてをりました。カフェーの裏に日本人の家があり、そこに二人の親子が惨殺されて居りました。子供は手の指を揃へて切断されてをりました。》

《南城門の近くに一日本人の商店があり、そこの主人らしきものが引つぱり出されて、殺された屍体が路上に放置されてありました。これは腹部の骨が露出し、内臓が散乱して居りました。》

凄惨な虐殺現場の目撃証言であった。最後の証人としてレヴィン弁護人が喚問したのは、桜井文雄(元陸軍少佐)であった。桜井も七月三十日、連隊主力とともに入城し、虐殺の模様を詳しく垣間見た支那駐屯歩兵第二連隊小隊長である。
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