あってもなくても変わらなかったハルノート
投稿者: wof2000 投稿日時: 2005/05/26 20:18 投稿番号: [80606 / 196466]
>開戦前の交渉では南進中止が条件にあったにもかかわらず、
>アメリカは日本に対して更に無理な条件を提示している。
「無理な条件」って何ですか?
先に述べた通り、ハルノートはハル四原則というアメリカの原則論に立ち戻ったものです。その意味では、アメリカの要求は一貫していますよ。ハルノートで、いきなり強硬になったわけではありません。
>自国が反戦世論を大勢を占めていたからでしょう。
行為や認識の「主体」に注意してください。アメリカは、「日本がまもなくアメリカと戦争を始めること」を知っていました。少し待っていれば、日本が攻撃をかけてくるのを知っていたのに、なぜわざわざ"ハルノートで挑発する"必要があったんでしょう?
>聞いたことがありませんが、良かったらソースをお願いします。
面倒なので自分で調べてください。時間をかけて探せば、ネットでも見つかるかもしれません。
>アメリカが無理な要求をしなければ軍部を押さえる事
>ができたと考えられる。
無理。当時の日本政府の状況を調べればわかります。
>日本を開戦に追い込んだのも先制攻撃をさせたのも
>全てアメリカが望んで仕掛けたものである。
山本五十六がアメリカのスパイだったとでも?
>ハルノートは日本の内情を理解していたであろう
>アメリカ政府の宣戦布告も同然なのである。
何度も言いますが、日本は1941.12.1
0:00をタイムリミットに設定し、それまでに交渉がまとまらなければ開戦、と決定していました。史実では11月26日にハルノートが手渡されましたが、もしハルノート(回答)がなく、12.1までアメリカが何もしなくても、太平洋戦争は始まっていました(ハルノートは日本の甲乙案に対する回答)。いいですか、"あってもなくても結果が変わらなかった"ハルノートが、なぜ"開戦の原因"となりうるんでしょう?
冷静に考えれば、答えは自ずから明らかになるでしょう。
これは メッセージ 79947 (sbcommubb さん)への返信です.
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