嘆願もありましたので、ニタニタくん主張の
投稿者: keropero 投稿日時: 1999/10/15 11:13 投稿番号: [7696 / 196466]
嘆願もありましたので、ニタニタくん主張の変遷最終編之1>卑弥呼の「弥」から倭人は中国の山間民族ヤオ族だったかもね。弥生時代の弥生はヤオの当て字だろうね。<8616
↓そもそもこれが発端で…
>ピンポ〜ン。その通り。八百屋はヤオ族から来たんだよ。<8626
↓などと突っ込みに応える余裕もあったが、なんで「ヒミコ」の弥はヤオの「ヤ」なのかと突っ込まれると…
>じゃあ卑弥呼と書いて何と読んだのかな?
ヒビコかな?ヤオ族は別名ミエン族とも言うんだよ。 <8637
↓そもそも弥生時代という名称は、東京の弥生町から土器が出土したからと突っ込まれると、
>ワシは全く知らなかったよ。ところで、その弥生町の町名の由来は?<8638
↓で、ここで弥生の根拠も、ミェンの「ミ」だと乗り換えて…
>だから弥勒とか教えてあげたじゃない。あっ弥勒って読めなかったのか?<8698
↓その根拠に「ミロク」まで動員したんだけど…
>面倒だから「ヤ」でも「ミ」でもどちらでも同じって言ったんだよ<。8723
↓おいおい、急にどっちでも同じかよ…(笑)
>卑弥呼は「ミ」弥豆佐佐良姫なんかは「ヤ」だね。「弥生」が「ヤオ」の当て字だった事は神武まで遡っても否定出来そうに無いね。さてキミの言う「ヒビコ」の根拠は?<8731
↓力説してるけど、「ヒビコ」って8637で自分が言い出したのに、はや錯乱…
>「ヒビコ」じゃないのか、当時は「ヤ」も「ミ」も無かったんだろ?「ヒワタリコ」か?<8736
これは メッセージ 7694 (sunyimin さん)への返信です.
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