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阿片密売の真犯人

投稿者: yuki6000jp 投稿日時: 2005/04/26 22:40 投稿番号: [72003 / 196466]
満州国軍は、事実上は関東軍の補助部隊もしくは、支援部隊にすぎない地位しか与えられていなかった。

  しかしこの事も、当時の満州国軍が、緑林・馬賊・匪賊出身者が大多数を占め、そのほとんどが文盲・無頼の類であったことを考えれば、あるいは非とするに当たらないとも思われる。

  満州国建国当時の国内は、至る所に土匪が出没し、その政情不安につけ込むかのように、コミンテルンの指導を受ける赤匪〔共産主義の匪賊の意か?〕、不逞鮮人〔当時の呼称・朝鮮独立運動を行っていた朝鮮人共産主義者〕さらには八路匪〔中国共産党の八路軍の工作部隊〕が跳梁跋扈していたのである。  

  また、当時の満州は阿片の産地であり、満州国軍の将兵も堂々と阿片を栽培し、それを販売し、自らも吸引していた。六月頃の採取期に入ると軍も警察も匪賊も一切休戦となって、専ら採取に専念する。芥子の実が熟し過ぎると液が出なくなるし、出る量が減少するので、一日を争う作業となるわけで、猫の手も借りたいほど多忙で、急を要し、軍隊の人海戦術の威力を発揮する絶好の機会という次第となる。

  もっともこれは援農とかいうものではなくて、団長は何町歩、連長は何町歩〔団長とは聨隊長・連長とは中国語で中隊長のこと〕、排長は何段歩という割当てというか、権利というかを消化する作業で、兵は兵でそれ相当の余得があり、この時ばかりは討伐には行かない軍医や軍需官〔中国語で主計官のこと〕までが総動員で参加するわけである。

  軍隊が出動一週間の戦果は、莫大な金額と思われるが、おそらくこの金は旅長、軍管区司令官と上司につながって、当時半分は私兵であった軍の資金となっていたものと思われる。



中国では、儒教の影響で文を尊び武を卑しむ。満州国軍の将兵も、中国社会の最底辺の人物が多く、阿片の密売、武器弾薬の横流し、良民への犯罪行為などは日常茶飯事であった。

  また、満州国軍将兵の相当数が阿片中毒者であった。この頃、匪賊討伐の目的の一つには、万能薬として高価で取り引きされた「生き肝」取りがあった。「生き肝」とは人間の胆嚢のことを言い、これを陰干ししたものは金と同額で売れたという。

  このように満州国陸軍は、国防の任を任せるには、はなはだ心許ない集団でもあった。  

  事実、昭和八年頃より、関東軍の指導によって満州国軍は「警察軍」にと改編されて行き、満州国軍はあくまでも、「国内治安維持」に任じることになった。

  同時に、戦車・重砲・航空機などといった兵器の保有は禁じられ、その規模も歩兵・騎兵を主とする六万人に削減された。

  さらに、昭和十二年七月一日〔康徳四年・大同は3年で終わり、皇帝即位とともに元号は康徳と改元された。〕軍政部は「治安部」と改称されて、国内警備に任じる警備軍と、国防に任じる「靖安師」と「興安師」が直轄軍として編成された。〔「師」とは中国語で師団を意味する〕

  のちのノモンハン事変においては、靖安師も興安師も日本軍に劣らぬほどに勇戦し、興安師は、支那事変にも外征して、日本軍とともに戦った

http://akindo.k-server.org/kakusi/souko/kokugun-m-02.htm
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