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NHKは、日本の歴史をシナ寄りに

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/04/25 02:25 投稿番号: [70912 / 196466]
平成17年4月6日放送   NHK「その時歴史が動いた」

大帝国の野望、博多に散る─大陸から見た蒙古襲来─

●番組のあらすじ・・・・フビライに侵略の意図はなかった

蒙古襲来に先立ちフビライ・ハーンから日本に国交を要求する国書が届いた。(※参照として、元の国書全文は末尾に掲載)

その国書のなかで、元皇帝フビライ・ハーンは「不宣」という文字を使っていた。この意味するところは、「臣下にせざるなり」で、したがってモンゴルには当初日本侵略の意図はなく、国交を求める友好的なものだった。

しかしながら、と番組は執権・北条時宗に視点をむける。

時宗は国書を無視し、南宋(当時蒙古が攻略中の国)から来日した僧侶の言にのみ耳を傾け、直接的な情報を取り入れようとはしなかったと番組はコメントする。

また、当時鎌倉幕府の支配権は弱かったので、北条時宗は蒙古と対決して戦いの準備をすることで支配力を強めようとしたとも付け加える。

この結果、第一撃・文永の役(文永11年・1274年)を招いた。にもかかわらず、時宗はさらに元の国書を無視し続け、このため弘安4年、元軍は兵14万人・軍船4400艘で日本に攻めてきた。  

しかし嵐のため蒙古船団は壊滅した。

●番組から受けた印象・・・時宗は自ら侵略を招いた

この番組の説く主要コンセプトは、「不宣」の解釈にある。不宣、すなわちその意味は「臣下にせざるなり」であり、よってフビライには日本侵略の意志がなかったとするものであった。  

すると当然の帰結として、北条時宗は自らモンゴルの侵略を招いたということになる。

時宗は南宋側からの情報だけを信頼し、フビライの平和的メッセージを幾度にもわたって無視し、さらには使者を斬ったため、ついにはフビライの怒りを買い、侵略を招いた。視聴者に与えた印象はこのようなものであった。

諸氏よ。この国書が番組が言うような平和的なものであるかどうか、末尾に添付してあるから、ぜひお読みただきたい。
 
国書の文言はじつに横柄、天命を受けた、アジアの父親であるモンゴル帝国の言うことを聞かないと、兵を向けるぞと日本を恫喝するフビライが見える。無礼きわまりない外交文書であると小生は感じるが、諸氏はいかがだろうか。
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