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日本が釣魚台列島を 占拠した経過とその主

投稿者: dabenniu 投稿日時: 1999/09/09 21:55 投稿番号: [5890 / 196466]
日本が釣魚台列島を 占拠した経過とその主張の論拠

日本は、国際法上の「先占(occupation)」の原則に則って釣魚台列島の主権を有すると主張
している。言い換えれば、1895年以前、釣魚台列島は「無主地」であったとみなしてい
るのだが、実際には、清の康煕40(1701)年に琉球特使、蔡鐸が著した『中山世語』
および付図に示された琉球の領土36島の中には、釣魚台は含まれていない。康煕58(1
719)年、清の琉球冊封副使、徐葆光が琉球の公的文献に基づいて編纂した『中山傳信録
』およびその付図でも同様である。このほか、日本が琉球を併合した1879年前後に出版
された琉球に関する著作あるいは地図、例えば明治6(1873)年の「琉球諸島全図」、
明治10(1877)年の『沖縄誌』(『琉球志』とも言う。伊地知貞馨著)、明治19(
1886)年の『南島紀事外篇』および付図「琉球三十六島之図」、「内地沖縄支那朝鮮図
」(当時の沖縄県令であった西村捨三著)などにも釣魚台列島は含まれていない。

さらに重要なことは、逆上って1785年(天明5年、清の乾隆50年)に、日本人の林子
平が刊行した『三国通覽図説』の付図「琉球三省併三十六島之図」において、釣魚台列島は
明らかに中国の版図に含まれ、色刷りの地図の中で中国本土と同じ薄紅色で示されており、
琉球36島の薄黄色や日本の灰緑色とは異なっている点である。このことからも、日本が釣
魚台列島を占拠する以前は、同列島は琉球の一部ではなく、また「無主地」でもなかったこと
がわかる。つまり、日本が言うところの「先占」は、「先占は無主地を対象とする」という
国際法の原則に合致しないのである。

日本は1879年に正式に琉球を併合してから、積極的に領土拡張に乗り出した。明治18
(1885)年より、日本の内閣は釣魚台列島の占拠を企て、まず沖縄県令に同列島の踏査
を命じ、日本領であることを示す国標を立てようとした。しかし踏査の結果、同列島がすで
に中国人によって発見、命名され、史書にも記録されていることがわかり、また国力が十分
でなかったことから清朝の抗議を恐れて直ちに軽挙妄動に出るわけにはいかず、「他日の機
会」を待つことになった。

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