本当のことを言えば
投稿者: reasonar2005 投稿日時: 2005/04/13 06:23 投稿番号: [50995 / 196466]
「であれば、「仲良くしよう」と望みながら、その刀を手にしないでほしい。」
いつまでも戦争責任をいいたてられるので、「仲良くしよう」ともおもえないのです。「書いているあなたはどうなのか?」はい、まず仲良くなることに希望が持てませんので、別の人と仲良くする方が楽です。これは逃避でしょうか?おそらくはそうでしょう。もうひとつ、復讐されるのではないかという恐怖感です。
「これでも、十分反省してると言えますか」
反省をし続けて、し続けて、最後は仕返しに蹂躙されるのではないか、自分の祖父の世代のしたことに。そうでなくとも、日本人は今後永遠に中国人と朝鮮人(南北あわせるのでこの表現を使います)に罪悪感を感じることを要求され続けるのではないか?それとも何らかの大きな出来事があると、そのような罪悪感は消えるのでしょうかね?罪悪感はこっちの問題で、中国韓国のせいではない?
「さて、二人はこれからどうなるでしょうか?」
どうにもなりませんでしょう。
とはいえ、「戦争に使った刀は相手を傷ついたから、相手の血がついています。もう「内政」の一言では言えません。自分のおばあちゃんやおじいちゃんがその戦争によってなくなった人たちにとっては、何が「国のために命をささげた尊い犠牲者」なの?ばかばかしい!」
この発言、論駁が出来ません。できませんが、「火垂るの墓」が「日本人を戦争被害者に描いているから」上映を止めるというメンタリティを残念に思います。
投稿お待ちしてます。
これは メッセージ 50988 (aiaichunxiao さん)への返信です.
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