王毅、失脚間近かなあ・・・
投稿者: exorcist_lll 投稿日時: 2005/04/10 13:12 投稿番号: [46828 / 196466]
保守派に失脚させられるかも?
http://www.sankei.co.jp/news/050410/sei038.htm王 毅
おう・き
Wang Yi
1953
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駐日大使。前外交副部長(アジア担当)。北京第二外語学院で日本語を学び、82年に外交部入り。83年の胡耀邦総書記訪日の際に執筆したスピーチが評価された。
駐日大使館参事官。アジア局副局長、同局長を経て、98年に部長助理(外相補佐)。助理時代には旧日本軍遺棄化学兵器に関する日本との交渉に尽力し、99年7月30日、両国の覚書に調印。2001年3月からアジア担当の副部長(外務次官)。
外交部では李肇星部長(外相)、戴秉国筆頭副部長に次ぐ実力者とされるが、年齢は2人に比べて一世代若く、将来の外相候補の有力者である。日本に5年間勤務した日本通でもある。
六カ国協議ではキーパーソンの1人となった。2003年7月1日に訪米、対話を通じた朝鮮核問題の平和解決を目指す中国側の考え方を説明。8月7日には外交部代表団を率いて訪朝、北朝鮮と六カ国協議開催に向けて協議した。
2003年8月27日から北京で開催された北朝鮮の核開発をめぐる第1回六カ国協議の中国代表として、議長役をつとめた。10月29日、呉邦国全人代委員長に従って訪朝。難航する六カ国協議の再開に向けて、金正日総書記、金永南最高人民会議委員長らと会談。12月25日にも再度訪朝。北朝鮮側首席代表の金永日外務次官ら外務官僚と協議。六カ国協議の早期の開催で一致した。2004年2月の第2回六カ国協議、6月の第2回六カ国協議でも議長役をつとめた。この間、北朝鮮や日本側とも意見交換を精力的に行った。
2004年7月、武大偉の後任として駐日大使に内定。一時はカナダ大使への転出も香港紙などで報じられたが、対日関係を重視する立場から、日本通の王毅の起用となったと思われる。9月10日に日本に着任。小泉靖国参拝など難題を抱えての着任となる。(2004年9月12日更新)
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