嘉靖大倭寇の時代
投稿者: T_Ohtaguro 投稿日時: 2004/12/07 18:38 投稿番号: [40412 / 196466]
http://www2s.biglobe.ne.jp/~tetuya/REKISI/kaizoku/nenpyo.html
1510 正徳5 朝鮮・三浦に居留する日本人達が暴動を起こし鎮圧される(三浦の乱)。
1523 嘉靖2 細川氏と大内氏の派遣した遣明使節が寧波で衝突。周辺地域が被害に見舞われ、以後日本使節の来明は禁じられる(寧波の乱)。
1526 嘉靖5 福建のトウリョウ、脱獄し浙江の双嶼港を基地に密貿易を始める。
1538 嘉靖17 胡宗憲、科挙に合格し進士となる。この頃王直・徐銓ら塩商として失敗し海に出る?
1539 嘉靖18 李光頭・許棟ら福州の獄から脱出。李光頭は福建の金子老の配下となり双嶼港に入る。
1540 嘉靖19 許兄弟(許松・許棟・許楠・許梓)らポルトガル人を浙江に招き交易を行う。王直・徐銓・葉宗満・謝和・方廷助ら商品を積んで東南アジアへ旅立つ。久々に日本から遣明船が来航。
1542 嘉靖21 金子老、双嶼港を去り、船団を李光頭が引き継ぐ。この時期双嶼港で権力交代?
1543 嘉靖22 トウリョウ、福建沿岸で海賊行為。海道副使張一厚、許兄弟を攻撃、逆に撃破される。許棟と李光頭が双嶼港の主となる。
1544 嘉靖23 王直、日本から明に帰り許棟集団の出納を司る。来明した日本使節の帰国に随行して日本へ交易に赴く。博多商人助才門らを双嶼に誘い入れる。双嶼港はポルトガルから日本までの商人が集まる一大貿易基地と化す。
1547 嘉靖26 都御史・朱ガン[糸丸]、提督浙ビン海防軍務・巡撫浙江を命ぜられる。
1548 嘉靖27 朱ガンの命により廬ドウ[金堂]らの水軍が双嶼港を攻撃、李光頭・許棟ら幹部が逮捕され、ポルトガル人居留地も破壊、双嶼港は封鎖される。この年、日本使節が来明。
王直・徐銓が日本から浙江に来航、交易を行う。
1549 嘉靖28 王直、許棟の残党を糾合し勢力を拡大する。
陳思盻、揚子江沿岸で海賊活動。
朱ガン、福建勢力の弾劾に逢い投獄され、獄中で無念の自殺。
1550 嘉靖29 徐銓が浙江に来航、交易を行う。
廬七・沈九らが倭人を誘って銭塘江に入寇。浙江海道副使が王直に密貿易の黙認を条件にこれらの討伐を依頼。王直はこれを受けて廬七らを捕らえ献上。
このころ王直集団と陳思盻集団が日明ルートをめぐり抗争。
1551 嘉靖30 陳思盻、王船主を殺害、その船団を奪う。
王船主の元部下が王直に内通、王直は陳思盻をその誕生日に急襲、殺害。王直による海上制覇の完成。
この年、徐銓の甥徐海が叔父を頼り海上に出る。 大内義隆、陶晴賢の謀反に倒れる。
1552 嘉靖31 王直、七倭賊を献じる。
徐海が密かに日本人と共に海賊行為を行い、王直に叱責される。徐海は王直殺害を謀るが徐銓に止められる。徐銓と王直が別行動を取り始める。
兪大猷が浙江に赴任、王直を警戒する。
__________________
↑は、密輸期間
1510 正徳5 朝鮮・三浦に居留する日本人達が暴動を起こし鎮圧される(三浦の乱)。
1523 嘉靖2 細川氏と大内氏の派遣した遣明使節が寧波で衝突。周辺地域が被害に見舞われ、以後日本使節の来明は禁じられる(寧波の乱)。
1526 嘉靖5 福建のトウリョウ、脱獄し浙江の双嶼港を基地に密貿易を始める。
1538 嘉靖17 胡宗憲、科挙に合格し進士となる。この頃王直・徐銓ら塩商として失敗し海に出る?
1539 嘉靖18 李光頭・許棟ら福州の獄から脱出。李光頭は福建の金子老の配下となり双嶼港に入る。
1540 嘉靖19 許兄弟(許松・許棟・許楠・許梓)らポルトガル人を浙江に招き交易を行う。王直・徐銓・葉宗満・謝和・方廷助ら商品を積んで東南アジアへ旅立つ。久々に日本から遣明船が来航。
1542 嘉靖21 金子老、双嶼港を去り、船団を李光頭が引き継ぐ。この時期双嶼港で権力交代?
1543 嘉靖22 トウリョウ、福建沿岸で海賊行為。海道副使張一厚、許兄弟を攻撃、逆に撃破される。許棟と李光頭が双嶼港の主となる。
1544 嘉靖23 王直、日本から明に帰り許棟集団の出納を司る。来明した日本使節の帰国に随行して日本へ交易に赴く。博多商人助才門らを双嶼に誘い入れる。双嶼港はポルトガルから日本までの商人が集まる一大貿易基地と化す。
1547 嘉靖26 都御史・朱ガン[糸丸]、提督浙ビン海防軍務・巡撫浙江を命ぜられる。
1548 嘉靖27 朱ガンの命により廬ドウ[金堂]らの水軍が双嶼港を攻撃、李光頭・許棟ら幹部が逮捕され、ポルトガル人居留地も破壊、双嶼港は封鎖される。この年、日本使節が来明。
王直・徐銓が日本から浙江に来航、交易を行う。
1549 嘉靖28 王直、許棟の残党を糾合し勢力を拡大する。
陳思盻、揚子江沿岸で海賊活動。
朱ガン、福建勢力の弾劾に逢い投獄され、獄中で無念の自殺。
1550 嘉靖29 徐銓が浙江に来航、交易を行う。
廬七・沈九らが倭人を誘って銭塘江に入寇。浙江海道副使が王直に密貿易の黙認を条件にこれらの討伐を依頼。王直はこれを受けて廬七らを捕らえ献上。
このころ王直集団と陳思盻集団が日明ルートをめぐり抗争。
1551 嘉靖30 陳思盻、王船主を殺害、その船団を奪う。
王船主の元部下が王直に内通、王直は陳思盻をその誕生日に急襲、殺害。王直による海上制覇の完成。
この年、徐銓の甥徐海が叔父を頼り海上に出る。 大内義隆、陶晴賢の謀反に倒れる。
1552 嘉靖31 王直、七倭賊を献じる。
徐海が密かに日本人と共に海賊行為を行い、王直に叱責される。徐海は王直殺害を謀るが徐銓に止められる。徐銓と王直が別行動を取り始める。
兪大猷が浙江に赴任、王直を警戒する。
__________________
↑は、密輸期間
これは メッセージ 40411 (T_Ohtaguro さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffccf4x78_1/40412.html