>≫≫≫ドラネコさんへ
投稿者: toraneko_yh 投稿日時: 2003/12/21 21:48 投稿番号: [30187 / 196466]
太田黒さん
あなたは広い知識をお持ちですが、法に関しては全くご存知ないようですね。
>これは間違いです。
> 「降伏文書調印」から、「対日講和条約締結」までは、
「降伏文書」に基づき、日本の主権は限定され「連合国」の管理下にあります。
日本の主権が制限されていたことと、日本国民の権利自由は日本国の法律と条約によってのみ制限されうるということは全くの別です。
これは法の基礎中の基礎です。
日本国にはボツダム宣言受諾からサンフランシスコ講和条約発効までの期間も日本の法体系に基づく統治がなされ、GHQは日本の法体系にのっとって、立法や緊急勅令(ポツダム勅令)の形式をとって占領政策を遂行していました。
日本国の内閣が行政権を行使し、GHQは直接行政権を行使してはいません。
連合国がこのように間接統治を取ったのはこれまた歴史の常識です。
もうひとつ言いますと、「降伏文書」が日本国民の権利を制限するなどとおっしゃると、大笑いされますよ。
なかなかの知識をお持ちだけに、こういう法に対する無理解は残念です。
権利、義務、自由という概念についてもしっかりした知識を持たれたほうが、説得力がでますよ。
>やまと 【大和/倭】
(1)
旧国名の一。...
...何かの辞書をそのまま引き写され、しかもその内容が私の考えに沿ったものということは、私の考えをお認めになったという意味で理解していいのですか?
>つまり、「支那」の本来の意味は「辺ぴで遠いところ」を意味する「Cina」であり、
「秦」を意味する「Cina」は「震旦」であると考えられます。
(今昔物語集には【震旦】が使われている。)
この論理のつながり、私には分かりません。
cinaが「秦」もあらわすとおっしゃり、支那の漢字の字義を述べられ、そこからいきなり「つまり」で
支那 = 辺鄙でさびしいところ
秦 = 震旦
と結論に至っています。
この「つまり」はどこまでワープしてしまったんでしょうか?
>日本の刑法には「侮辱罪」があります。
> 相手を害する表現は法により制限されています。
太田黒さん、嘘を断言しないで下さい。何だかがっかりです。法学部1年の学生でもこういうことは言いません。
侮辱罪231条の構成要件に出てくる「侮辱」に支那という国を支那と呼ぶことは含まれません。ついでにこれは親告罪でして、支那の国家主席が支那と呼ばれたことで侮辱されたと感じる場合は、元首が告訴しないといけない親告罪です。まあ、告訴しても起訴は不可能ですけど。
いずれにせよ、侮辱罪があるから支那と呼ぶことが法的に禁じられているなどというのは、憲法を初めとする法体系や言論の自由や、国際法秩序やら、国家主権の全てについて全く無知でないと書けない言葉ですよ。
支那の新聞は全て日本に対する侮蔑で満ち満ちていますが、これは太田黒さん的には全くOKなわけですか?
>「国民党」蒋介石の御計らいでしょう。
この一言だけからでも、太田黒さんにはまともな議論が期待できないことが、残念ながらはっきりしました。
もう、これで太田黒さんを相手にするのはやめにします。
最後に老婆心ながら、牽強付会としかいいようのない強引な自己正当化は議論とはいえませんし、自らご自分の意見の説得力を台無しにしていることをご自覚になった方がいいでしょう。
>「相手の気分を害する権利」を主張するなど論外です。
私はこのような「権利」を主張したことは全くありません。捏造はしてはいけません。
>もし、豊臣秀吉の「朝鮮征伐」あたりが分岐点であれば、
意図的に「震旦」を「支那」に置き換えた可能性すら出てきます。
(そのような資料があるかは知りませんが…。)
あなたの「議論」は全てこのようなあなただけの偏見からくる決め付けから発生していることはよくわかりました。
>古代中国や古代インドまで遡って根拠としていながら良く言う。
私は江戸期から戦争終結後しばらくまで日本であの国を指す言葉を指し示すために使っていた「支那」という言葉は侮蔑語ではないし、支那の語源から言っても侮蔑後ではないと申し上げたまでです。
古代インドのサンスクリットを持ち出して無理やり支那を侮蔑語にしようとしたり、「震旦」を求めて室町時代までワープしたあなたが、勝手に自爆しただけなのに、よくこういうことがいえますね。
あなたが、まともな議論ができる知性を持ち合わせていないことはよくわかりましたので、もうレスはご無用です。
時間の無駄でした。
(こう言うと勝手に「勝利宣言」するんでしょ、きっと。)
あなたは広い知識をお持ちですが、法に関しては全くご存知ないようですね。
>これは間違いです。
> 「降伏文書調印」から、「対日講和条約締結」までは、
「降伏文書」に基づき、日本の主権は限定され「連合国」の管理下にあります。
日本の主権が制限されていたことと、日本国民の権利自由は日本国の法律と条約によってのみ制限されうるということは全くの別です。
これは法の基礎中の基礎です。
日本国にはボツダム宣言受諾からサンフランシスコ講和条約発効までの期間も日本の法体系に基づく統治がなされ、GHQは日本の法体系にのっとって、立法や緊急勅令(ポツダム勅令)の形式をとって占領政策を遂行していました。
日本国の内閣が行政権を行使し、GHQは直接行政権を行使してはいません。
連合国がこのように間接統治を取ったのはこれまた歴史の常識です。
もうひとつ言いますと、「降伏文書」が日本国民の権利を制限するなどとおっしゃると、大笑いされますよ。
なかなかの知識をお持ちだけに、こういう法に対する無理解は残念です。
権利、義務、自由という概念についてもしっかりした知識を持たれたほうが、説得力がでますよ。
>やまと 【大和/倭】
(1)
旧国名の一。...
...何かの辞書をそのまま引き写され、しかもその内容が私の考えに沿ったものということは、私の考えをお認めになったという意味で理解していいのですか?
>つまり、「支那」の本来の意味は「辺ぴで遠いところ」を意味する「Cina」であり、
「秦」を意味する「Cina」は「震旦」であると考えられます。
(今昔物語集には【震旦】が使われている。)
この論理のつながり、私には分かりません。
cinaが「秦」もあらわすとおっしゃり、支那の漢字の字義を述べられ、そこからいきなり「つまり」で
支那 = 辺鄙でさびしいところ
秦 = 震旦
と結論に至っています。
この「つまり」はどこまでワープしてしまったんでしょうか?
>日本の刑法には「侮辱罪」があります。
> 相手を害する表現は法により制限されています。
太田黒さん、嘘を断言しないで下さい。何だかがっかりです。法学部1年の学生でもこういうことは言いません。
侮辱罪231条の構成要件に出てくる「侮辱」に支那という国を支那と呼ぶことは含まれません。ついでにこれは親告罪でして、支那の国家主席が支那と呼ばれたことで侮辱されたと感じる場合は、元首が告訴しないといけない親告罪です。まあ、告訴しても起訴は不可能ですけど。
いずれにせよ、侮辱罪があるから支那と呼ぶことが法的に禁じられているなどというのは、憲法を初めとする法体系や言論の自由や、国際法秩序やら、国家主権の全てについて全く無知でないと書けない言葉ですよ。
支那の新聞は全て日本に対する侮蔑で満ち満ちていますが、これは太田黒さん的には全くOKなわけですか?
>「国民党」蒋介石の御計らいでしょう。
この一言だけからでも、太田黒さんにはまともな議論が期待できないことが、残念ながらはっきりしました。
もう、これで太田黒さんを相手にするのはやめにします。
最後に老婆心ながら、牽強付会としかいいようのない強引な自己正当化は議論とはいえませんし、自らご自分の意見の説得力を台無しにしていることをご自覚になった方がいいでしょう。
>「相手の気分を害する権利」を主張するなど論外です。
私はこのような「権利」を主張したことは全くありません。捏造はしてはいけません。
>もし、豊臣秀吉の「朝鮮征伐」あたりが分岐点であれば、
意図的に「震旦」を「支那」に置き換えた可能性すら出てきます。
(そのような資料があるかは知りませんが…。)
あなたの「議論」は全てこのようなあなただけの偏見からくる決め付けから発生していることはよくわかりました。
>古代中国や古代インドまで遡って根拠としていながら良く言う。
私は江戸期から戦争終結後しばらくまで日本であの国を指す言葉を指し示すために使っていた「支那」という言葉は侮蔑語ではないし、支那の語源から言っても侮蔑後ではないと申し上げたまでです。
古代インドのサンスクリットを持ち出して無理やり支那を侮蔑語にしようとしたり、「震旦」を求めて室町時代までワープしたあなたが、勝手に自爆しただけなのに、よくこういうことがいえますね。
あなたが、まともな議論ができる知性を持ち合わせていないことはよくわかりましたので、もうレスはご無用です。
時間の無駄でした。
(こう言うと勝手に「勝利宣言」するんでしょ、きっと。)
これは メッセージ 30088 (T_Ohtaguro さん)への返信です.
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