Akashi_Sugarlightさんへ
投稿者: nita2 投稿日時: 1999/04/19 23:57 投稿番号: [2189 / 196466]
Akashi_Sugarlightさんへ>中華民国成立後の頭山満や犬飼毅との会話・・・
ありがとうございます。疑問が氷解しました。
日中戦争戦時下においてさえ、中国と呼ぶべきという風潮はありました。現在のAkashi_Sugarlightさんと同じように相手国を慮っての事でしょう。ただ中国人も日本人に対して自らを支那人と呼称する事が一般的だったようなので、アメリカ人がJapanと呼ばず日本人と呼ぼうと心がけるようなことではなかったかと推測しております。
なお孫文は当時、欧米、日本(東京・横浜)を行き来しており1905年に「中国革命同盟会」を旗揚げしていますから、右翼、国士が中国人と呼んだ可能
性はあります。ただ東京時代の魯迅は革命グループ「光復会」に参加していた事さえ二説あり確認されていませんので、東京時代のエピソードとすると右翼、国士とのやりとりは創作という事になります。
これは メッセージ 2183 (Akashi_Sugarlight さん)への返信です.
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