Re: 棚上げ論
投稿者: mr_chinii 投稿日時: 2013/01/23 00:49 投稿番号: [195857 / 196466]
公明党の山口代表は「棚上げ」とは申していない。「解決は将来世代に託したい」といったようなニュアンスで述べている。また「双方の軍用機が尖閣上空を飛ぶことも好ましくない」といったような発言もしている。
問題を上記の2つに分けて考察してみよう:
①「解決は将来世代に託したい」
尖閣は歴史的にも国際法的にも日本国領土であることを山口代表は表明している。したがって山口は「尖閣は日本領土」との立場認識を一変させ中国側主張に譲歩するとは考えにくい。今後の選挙を考えれば「中国側への譲歩」は、公明党に致命的なダメージを惹起する。では何故「将来世代に託したい」と発言したのであろうか? 私が考えるに尖閣諸島は古来から無主地の絶海の孤島であったということだ。漁船の航海能力が向上するにしたがい、尖閣海域は琉球漁民はもとより、台湾漁民にとっても共同の漁場であったことは事実である。また、琉球王朝にとっても当時の明王朝への使いを出す航海の目印であったことも事実である。明の使節も琉球王朝水先案内人にガイドされ、尖閣の島々を通って琉球に来ている。だからと言って琉球王朝も明朝も尖閣の所在を認識にするだけで「我が国の領土だ!」と主張し施政権を同諸島に行使することはなかった。島はあるが、その島が「俺のものだ!」と主張することは琉球王朝も明王朝も主張していない。要するに島自体は、魚場として以外は人が生活を営む上では無価値なものであったのである。
日本の明治政府は、尖閣漁場に営利的目的を認識した日本人に陳情を受け入れ、尖閣諸島を沖縄県に編入決定した。すなわち、当時の明治政府は領土に関する国際公法を知っていたということである。ところが当時の清朝も台湾もこれら国際公法に対する認識はなかった。また、どうでもいいような絶海の孤島など、他の大きな問題の前では議論されることすらなかったと言ってよい。だが1970年に入り、尖閣周辺海域に膨大な石油ガス資源が眠っているとの国際機関による報告書が出された。ここで中国は、それまで問題にすらならなかった、無視同然の尖閣が大きな問題として浮上したのである。しかし、中国のこの認識は国際法の視点では時すでに遅しであった。そこで中国は日本に圧力をかけ、日本の譲歩を得ることに集中した。最初は、資源の共有であったが、その後、中国が力をつけるに従い、尖閣が西太平洋へ覇権を拡大する要衝であることに中国が気がつく。尖閣を中国が抑えれば、台湾と沖縄に睨みをきかすことができ、同時に東シナ海を中国の内海にできると踏んだのだ。この一連の流れは、当時の清朝の国際感覚欠如に大きな原因がある。当時の日本には国際感覚を取り入れた実に先見の明があったと言って良い。では我々現日本人は、この事実を厳守し続けるべきなのだろうか? 中国が海洋覇権を求め、西太平洋をコントロールしようとの野心を抱き続けるならば、日本は尖閣の領有権を死守するしかない。もし中国に西太平洋コントロールの意思がないとすれば、我々日本人の心はある面中国や台湾に同情的になるかも知れない。山口はこのことを見越して発言したものと解釈したい。この発言は、一部中国人にも理解され、心を解かすかも知れない。もし、これが中国人民の趨勢になれば、東シナ海は真に「平和の海」となろう。しかし、現時点ではその兆候すら見られない。残念なことである(苦笑)。<続く>
問題を上記の2つに分けて考察してみよう:
①「解決は将来世代に託したい」
尖閣は歴史的にも国際法的にも日本国領土であることを山口代表は表明している。したがって山口は「尖閣は日本領土」との立場認識を一変させ中国側主張に譲歩するとは考えにくい。今後の選挙を考えれば「中国側への譲歩」は、公明党に致命的なダメージを惹起する。では何故「将来世代に託したい」と発言したのであろうか? 私が考えるに尖閣諸島は古来から無主地の絶海の孤島であったということだ。漁船の航海能力が向上するにしたがい、尖閣海域は琉球漁民はもとより、台湾漁民にとっても共同の漁場であったことは事実である。また、琉球王朝にとっても当時の明王朝への使いを出す航海の目印であったことも事実である。明の使節も琉球王朝水先案内人にガイドされ、尖閣の島々を通って琉球に来ている。だからと言って琉球王朝も明朝も尖閣の所在を認識にするだけで「我が国の領土だ!」と主張し施政権を同諸島に行使することはなかった。島はあるが、その島が「俺のものだ!」と主張することは琉球王朝も明王朝も主張していない。要するに島自体は、魚場として以外は人が生活を営む上では無価値なものであったのである。
日本の明治政府は、尖閣漁場に営利的目的を認識した日本人に陳情を受け入れ、尖閣諸島を沖縄県に編入決定した。すなわち、当時の明治政府は領土に関する国際公法を知っていたということである。ところが当時の清朝も台湾もこれら国際公法に対する認識はなかった。また、どうでもいいような絶海の孤島など、他の大きな問題の前では議論されることすらなかったと言ってよい。だが1970年に入り、尖閣周辺海域に膨大な石油ガス資源が眠っているとの国際機関による報告書が出された。ここで中国は、それまで問題にすらならなかった、無視同然の尖閣が大きな問題として浮上したのである。しかし、中国のこの認識は国際法の視点では時すでに遅しであった。そこで中国は日本に圧力をかけ、日本の譲歩を得ることに集中した。最初は、資源の共有であったが、その後、中国が力をつけるに従い、尖閣が西太平洋へ覇権を拡大する要衝であることに中国が気がつく。尖閣を中国が抑えれば、台湾と沖縄に睨みをきかすことができ、同時に東シナ海を中国の内海にできると踏んだのだ。この一連の流れは、当時の清朝の国際感覚欠如に大きな原因がある。当時の日本には国際感覚を取り入れた実に先見の明があったと言って良い。では我々現日本人は、この事実を厳守し続けるべきなのだろうか? 中国が海洋覇権を求め、西太平洋をコントロールしようとの野心を抱き続けるならば、日本は尖閣の領有権を死守するしかない。もし中国に西太平洋コントロールの意思がないとすれば、我々日本人の心はある面中国や台湾に同情的になるかも知れない。山口はこのことを見越して発言したものと解釈したい。この発言は、一部中国人にも理解され、心を解かすかも知れない。もし、これが中国人民の趨勢になれば、東シナ海は真に「平和の海」となろう。しかし、現時点ではその兆候すら見られない。残念なことである(苦笑)。<続く>
これは メッセージ 195853 (蒼天の星 さん)への返信です.
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