日中関係

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ハルノートへの道筋。

投稿者: sintyou7 投稿日時: 2012/12/27 22:12 投稿番号: [194845 / 196466]
日本が調印したパリ平和条約や九ヶ国条約を破って満州を侵略、国際連盟の総会で全員一致(反対は日本だけ)の非難決議に切れて国連を脱退しました。
(その時は国際連盟の常任理事国だったのに・・)

それで世界の嫌われ者であったドイツと同盟を結んで世界の孤児になり、中国大陸の侵略を拡大していきました。

それでも石油を始め重要戦略物資は欲しいだけアメリカから輸入出来ていたのです。

この時点においてアメリカは

「日本に対してアメリカは二十億ドルを2%の低金利で貸し与え日本に対して最恵国待遇を与える。その代わりに日本はフランス領インドシナ、中国、から撤兵しなければならない。また、日本の海軍艦船を中心に軍備の四分の三をアメリカが市場の二割増で買い取る。」という譲歩案を提出していました。

ところがフランスがドイツに負けたどさくさに今度は仏領インドシナ北部を侵略。それでもアメリカは対日制裁は実行しませんでした。

この時点で日本が増長をやめておれば石油など重要物資はアメリカからまた入ってきたのですが、日本は戦争の方向へ向かいました。

調子に乗った日本は更に仏印南部へ武力進駐してここにおいてアメリカの我慢が切れ、ついに対日石油禁輸を発令しました。ABCD包囲網の開始です。



それが日本の初めからの国策だったのです。欧米に代わり東南アジアを侵略して資源を奪う、その為には米英と戦争になってもいい、と。

ハルノートなどなんの関係なかったのです。

この様な国策はそのずっと前から決まっていたました。

当時の政府の文書にはっきり書いてあります。一番好戦的で強硬だったのが東條英機です。

当時ワシントンで行われていた日米和平交渉をぶっ潰し、強引に対米戦争を決めてしまった。

東條が開戦に反対して戦争を避ける為に努力したと言う人がいますが、その様な記録はまったくありません。

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