尖閣諸島は国際法上間違いなく日本領④
投稿者: mr_chinii 投稿日時: 2012/11/08 22:34 投稿番号: [193011 / 196466]
>1895年の日本による尖閣諸島編入の有効性 [編集]
国際法で言う先占の法理をどう認めていくかがこの問題の焦点である。古文書に名前のある島は記録者が自動的に領土としたことになるのか否かについて中国側は領土になると主張し、日本側は琉球人が漢文で命名した可能性が高く[268]、且つ近代国際法に則り島の名前を記しただけでは何処の領土か不明であり実効支配していなければ無主地であるとしている。無主地であるならば先占の法理を適用し得るし、日本の1885年から1895年1月まで行われた編入の手続きはその手順に則っているのだから有効である、というのが日本側の主張である。ただし、その最終決定は日清戦争戦争中であった。
国際法判例においては、不明瞭な記録による間接的推定は認められず、課税や裁判記録といった行政、司法、立法の権限を行使した疑義のない実効支配の直接的かつ近代的な証拠が要求されている[269][270]。
中国側の主張 多くの文献に明らかなように明の時代から中国では知られていたのだから無主地でなく日本の先占は無効。
日本政府は沖縄県に対して内々の調査を命じている。これは中国領と認識していたことを示す。
甲午中日戦争(日清戦争)に勝利した勢いで、その戦後処理を取り決めた馬関条約(下関条約1895年5月10日公布)になく、条約によらず不法に奪い取ったものである。したがって、釣魚台列島は中国に返されるべきである。
日本側の主張 明國は琉球人の案内のお蔭で尖閣諸島の存在を知っていたことは間違いない。しかし琉球側も明國側も永続的に実効支配し続けようという国家意思が見られない島については、無主地と判断するのが国際法上妥当である。
国内を調査するのに大々的に発表したり外国に報告する必要はないし、正式な領有宣言まで10年間以上も調査を行い、この間に中国など他国が尖閣諸島に全く関与していないことを確認している[271]。
下関条約には尖閣諸島の割譲は記されていない、従って条約締結以前から日本の領土であったと中国側も認めていたのであり、日清戦争で奪ったものではない(日本は下関条約の10年も前から尖閣諸島の調査、開拓を始めている)。また、東沙島を台湾(当時日本領)に編入しようとする日本の動きに対し、清国は1909年に抗議を行ったが[272]、尖閣諸島が日本に編入されたことを知っても抗議を行っていない。中国側が尖閣諸島を沖縄の属島と見做し、日本の領土であったと認識していたのは明白である。
↑
<東沙島を台湾(当時日本領)に編入しようとする日本の動きに対し、清国は1909年に抗議を行ったが[272]、尖閣諸島が日本に編入されたことを知っても抗議を行っていない。> ← 決定的だな^^。<⑤へ続く>
国際法で言う先占の法理をどう認めていくかがこの問題の焦点である。古文書に名前のある島は記録者が自動的に領土としたことになるのか否かについて中国側は領土になると主張し、日本側は琉球人が漢文で命名した可能性が高く[268]、且つ近代国際法に則り島の名前を記しただけでは何処の領土か不明であり実効支配していなければ無主地であるとしている。無主地であるならば先占の法理を適用し得るし、日本の1885年から1895年1月まで行われた編入の手続きはその手順に則っているのだから有効である、というのが日本側の主張である。ただし、その最終決定は日清戦争戦争中であった。
国際法判例においては、不明瞭な記録による間接的推定は認められず、課税や裁判記録といった行政、司法、立法の権限を行使した疑義のない実効支配の直接的かつ近代的な証拠が要求されている[269][270]。
中国側の主張 多くの文献に明らかなように明の時代から中国では知られていたのだから無主地でなく日本の先占は無効。
日本政府は沖縄県に対して内々の調査を命じている。これは中国領と認識していたことを示す。
甲午中日戦争(日清戦争)に勝利した勢いで、その戦後処理を取り決めた馬関条約(下関条約1895年5月10日公布)になく、条約によらず不法に奪い取ったものである。したがって、釣魚台列島は中国に返されるべきである。
日本側の主張 明國は琉球人の案内のお蔭で尖閣諸島の存在を知っていたことは間違いない。しかし琉球側も明國側も永続的に実効支配し続けようという国家意思が見られない島については、無主地と判断するのが国際法上妥当である。
国内を調査するのに大々的に発表したり外国に報告する必要はないし、正式な領有宣言まで10年間以上も調査を行い、この間に中国など他国が尖閣諸島に全く関与していないことを確認している[271]。
下関条約には尖閣諸島の割譲は記されていない、従って条約締結以前から日本の領土であったと中国側も認めていたのであり、日清戦争で奪ったものではない(日本は下関条約の10年も前から尖閣諸島の調査、開拓を始めている)。また、東沙島を台湾(当時日本領)に編入しようとする日本の動きに対し、清国は1909年に抗議を行ったが[272]、尖閣諸島が日本に編入されたことを知っても抗議を行っていない。中国側が尖閣諸島を沖縄の属島と見做し、日本の領土であったと認識していたのは明白である。
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<東沙島を台湾(当時日本領)に編入しようとする日本の動きに対し、清国は1909年に抗議を行ったが[272]、尖閣諸島が日本に編入されたことを知っても抗議を行っていない。> ← 決定的だな^^。<⑤へ続く>
これは メッセージ 193009 (mr_*hin** さん)への返信です.
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