尖閣:中国の76年後の主張(笑
投稿者: mr_chinii 投稿日時: 2012/10/10 19:29 投稿番号: [192505 / 196466]
尖閣周辺海底に石油・ガスの天然資源埋蔵可能性があるとの国連報告書が出たとたんに、「尖閣は俺のものだ!」と主張し始めた中国様。何と日本が1895年に沖縄県編入決定し、それまでの絶海の無人島に日本人漁業者が200数十名住み着き暮らしておったのに、中国からの異議一切無く、それから76年経って資源があると報告された1970年に「俺のものだ!」と唐突に主張。
中国側の主張は、
① 中国が明代に最初に発見した島だという。この島を発見した明の使節は、なんと琉球王朝が派遣した水先案内人にガイドされ航海してた。この明の使者は、琉球水先案内人に「あの島はなんと言う島だ?」と質問している。これは彼の手記にしるしてある。
② 尖閣は清朝が下関条約で日本に割譲した島だという。しかし、下関条約には中国側がいう「釣魚島」(尖閣諸島の魚釣島の中国名)が一言も記されていない。交渉時の話題にもなっていない。
③ 日本の敗戦により、尖閣が台湾とともに中国(中華人民共和国)に返還されたという。しかし、日本は戦後日本の領土を定めたサンフランシスコ条約では、台湾を放棄したのであって、中国に返還したのではない。また、この条約では日本が放棄する領土として尖閣諸島は含まれていない。
④ 中国は、日本の敗戦で尖閣を含む沖縄列島が米国の委託統治下に置かれ、日本の領土ではなくなったとしている。その後、沖縄が日本に返還されたが、これは米国の独断であり、国際法にそむくものであると主張している。当初、米国が沖縄を委託統治領として米国施政下に置いた根拠は、激しい戦闘により沖縄を占領したことと、琉球王朝が元来日本国であったとは言いがたいとの認識であったことは事実であるが、日本政府は日本国領土であることを放棄した事実はない。日本政府は、軍備放棄という平和憲法の下、そのまま米国に沖縄施政権継続を求めていた。しかし、沖縄県民の日本本土復帰運動の高まりから、日本政府は沖縄返還交渉を米国と始めるに至っている。その条件は、沖縄米軍基地の存続を保証することであった。東西冷戦の産物といえる。しかし、その後ソ連が崩壊して沖縄の米軍基地の存在価値が半減したが、中国の傍若無人な台頭により、沖縄米軍基地の重要性が以前にも増して高まってしまった。
フィリピン米軍基地がよい教訓だな。かってフィリピンには強力な米海空軍基地があったが、アキノ大統領になり米軍基地排斥運動が起こった。ピナツボ火山の大噴火でクラーク空軍基地が使用不能になったこともあり、米軍はフィリピンから去った。その直後、中国は南沙のフィリピン領土を軍事力という威嚇で奪い取ってしまた。フィリピン人には大きな遺恨となっている。
中国側の主張は、
① 中国が明代に最初に発見した島だという。この島を発見した明の使節は、なんと琉球王朝が派遣した水先案内人にガイドされ航海してた。この明の使者は、琉球水先案内人に「あの島はなんと言う島だ?」と質問している。これは彼の手記にしるしてある。
② 尖閣は清朝が下関条約で日本に割譲した島だという。しかし、下関条約には中国側がいう「釣魚島」(尖閣諸島の魚釣島の中国名)が一言も記されていない。交渉時の話題にもなっていない。
③ 日本の敗戦により、尖閣が台湾とともに中国(中華人民共和国)に返還されたという。しかし、日本は戦後日本の領土を定めたサンフランシスコ条約では、台湾を放棄したのであって、中国に返還したのではない。また、この条約では日本が放棄する領土として尖閣諸島は含まれていない。
④ 中国は、日本の敗戦で尖閣を含む沖縄列島が米国の委託統治下に置かれ、日本の領土ではなくなったとしている。その後、沖縄が日本に返還されたが、これは米国の独断であり、国際法にそむくものであると主張している。当初、米国が沖縄を委託統治領として米国施政下に置いた根拠は、激しい戦闘により沖縄を占領したことと、琉球王朝が元来日本国であったとは言いがたいとの認識であったことは事実であるが、日本政府は日本国領土であることを放棄した事実はない。日本政府は、軍備放棄という平和憲法の下、そのまま米国に沖縄施政権継続を求めていた。しかし、沖縄県民の日本本土復帰運動の高まりから、日本政府は沖縄返還交渉を米国と始めるに至っている。その条件は、沖縄米軍基地の存続を保証することであった。東西冷戦の産物といえる。しかし、その後ソ連が崩壊して沖縄の米軍基地の存在価値が半減したが、中国の傍若無人な台頭により、沖縄米軍基地の重要性が以前にも増して高まってしまった。
フィリピン米軍基地がよい教訓だな。かってフィリピンには強力な米海空軍基地があったが、アキノ大統領になり米軍基地排斥運動が起こった。ピナツボ火山の大噴火でクラーク空軍基地が使用不能になったこともあり、米軍はフィリピンから去った。その直後、中国は南沙のフィリピン領土を軍事力という威嚇で奪い取ってしまた。フィリピン人には大きな遺恨となっている。
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