Re: 中国人に遵法精神が欠如している理由
投稿者: run_run72 投稿日時: 2012/08/22 22:32 投稿番号: [191457 / 196466]
横ですけど・・・
>日本人にとっても法体系は所与のものであってその制定にはほとんどの人は関与していません。
また、法の改廃や制定が選挙の争点になることもまずありません。
>ですから、現実には大部分の日本人とって法律は多数決によって自分たちが制定したものという意識を持ち得ないものだと思います。
これはおっしゃるとおりのような気がします。
しかしながら、自分達が制定したものという意識は持ち得ないとしても、
一般の日本人は、
法は社会的正義を実現してくれるもの・・・
法は、社会的に妥当な結論に導いてくれるもの・・という
漠然とした信頼感を法に対して抱いているのではないでしょうか。
しばしば裏切られるとしても。
ナイーブなくらいに。
憲法にしても、GHQによる押し付け憲法であることが明白であった制定当時も、
それが隠蔽され忘れ去られていた時期も、
再び、GHQによる押し付け憲法であった事実が明白なこととして認識されている現在も、
法である以上は、良きものであるという思い込みのようなものが、
あんまり反発なしに受け入れられ、
改正へのブレーキになっている一面もあるのかも・・・と思ったりします。
イデオロギーの問題とは別に。
>豊穣な日本の気候風土が自然との融和を日本人の心に培い、心に偽りのない清明さ、正直さ、誠実さを大切にして
和を尊しなす民族の精神を作り上げたのではないかと思います。
すなわち、日本人の遵法精神の高さは、自分勝手を慎み協調する精神がもたらしているのではないでしょうか。
これも同意ですね。
大災害はしばしば起こるとはいえ、
土地は豊かで自然に恵まれ、生産力も高い・・・そういう国柄では
比較的外界や他者に対する信頼が生まれやすかったと思います。
唐突ですが、神道の祝詞、
おそらく一番頻繁に読まれる祝詞(大祓詞)のフレーズは、
前半、国のなりたち、後、2種の罪(今の感覚の犯罪ではありません)の記述、そして、その後、
1/3?(もっと)くらい、罪と穢れを払う話です・・・
罪や穢れをどこに送ってそこにいる神様がまた別の神様にまた送って、更に・・・って穢れを祓う
4柱の神々が祓う様子を記述。
異常に潔癖。
そこまで徹底的に祓うべきものか?と。
罪や穢れは払うべきもの・・あってはよくないもの・・という発想は
いずれが卵か鶏かはしりませんが、
おっしゃるように、心に偽りのない清明さ、正直さ、誠実さを重んじる考えと極めて密接なように思えます。
そして、穢れを嫌い、清らかさを重んじる心があり、
加えて、法の妥当性と法に対する信頼感が、遵法精神を生んだものと思います。
日本の従来の法は、上から目線、下から目線・・というより、
おそらく、どちら側からみても、
上側からは、法が下位のものが異議なく服せるようなものとするべきであるという考え、
下のものから見れば、法は拠るべきもの、妥当なものに作られているとする信頼が
あった気がしますけどね。
当たり前ですが、日本に、近代以前に法がなかったわけではなく、
例えば武家法たる御成敗式目には、私文書(公文書)偽造の罪もあれば、
時効取得の規定まであります。
それは全体として非常にリーズナブルなものであり、
日本人の遵法精神ってのは、
それなりに、
妥当な法が制定され、
法が機能する安定的な社会が長く維持されていたからということもある、と思います。
あ、いつもどおり思いつきでとりとめがなくなってますが・・。
ではでは。
>日本人にとっても法体系は所与のものであってその制定にはほとんどの人は関与していません。
また、法の改廃や制定が選挙の争点になることもまずありません。
>ですから、現実には大部分の日本人とって法律は多数決によって自分たちが制定したものという意識を持ち得ないものだと思います。
これはおっしゃるとおりのような気がします。
しかしながら、自分達が制定したものという意識は持ち得ないとしても、
一般の日本人は、
法は社会的正義を実現してくれるもの・・・
法は、社会的に妥当な結論に導いてくれるもの・・という
漠然とした信頼感を法に対して抱いているのではないでしょうか。
しばしば裏切られるとしても。
ナイーブなくらいに。
憲法にしても、GHQによる押し付け憲法であることが明白であった制定当時も、
それが隠蔽され忘れ去られていた時期も、
再び、GHQによる押し付け憲法であった事実が明白なこととして認識されている現在も、
法である以上は、良きものであるという思い込みのようなものが、
あんまり反発なしに受け入れられ、
改正へのブレーキになっている一面もあるのかも・・・と思ったりします。
イデオロギーの問題とは別に。
>豊穣な日本の気候風土が自然との融和を日本人の心に培い、心に偽りのない清明さ、正直さ、誠実さを大切にして
和を尊しなす民族の精神を作り上げたのではないかと思います。
すなわち、日本人の遵法精神の高さは、自分勝手を慎み協調する精神がもたらしているのではないでしょうか。
これも同意ですね。
大災害はしばしば起こるとはいえ、
土地は豊かで自然に恵まれ、生産力も高い・・・そういう国柄では
比較的外界や他者に対する信頼が生まれやすかったと思います。
唐突ですが、神道の祝詞、
おそらく一番頻繁に読まれる祝詞(大祓詞)のフレーズは、
前半、国のなりたち、後、2種の罪(今の感覚の犯罪ではありません)の記述、そして、その後、
1/3?(もっと)くらい、罪と穢れを払う話です・・・
罪や穢れをどこに送ってそこにいる神様がまた別の神様にまた送って、更に・・・って穢れを祓う
4柱の神々が祓う様子を記述。
異常に潔癖。
そこまで徹底的に祓うべきものか?と。
罪や穢れは払うべきもの・・あってはよくないもの・・という発想は
いずれが卵か鶏かはしりませんが、
おっしゃるように、心に偽りのない清明さ、正直さ、誠実さを重んじる考えと極めて密接なように思えます。
そして、穢れを嫌い、清らかさを重んじる心があり、
加えて、法の妥当性と法に対する信頼感が、遵法精神を生んだものと思います。
日本の従来の法は、上から目線、下から目線・・というより、
おそらく、どちら側からみても、
上側からは、法が下位のものが異議なく服せるようなものとするべきであるという考え、
下のものから見れば、法は拠るべきもの、妥当なものに作られているとする信頼が
あった気がしますけどね。
当たり前ですが、日本に、近代以前に法がなかったわけではなく、
例えば武家法たる御成敗式目には、私文書(公文書)偽造の罪もあれば、
時効取得の規定まであります。
それは全体として非常にリーズナブルなものであり、
日本人の遵法精神ってのは、
それなりに、
妥当な法が制定され、
法が機能する安定的な社会が長く維持されていたからということもある、と思います。
あ、いつもどおり思いつきでとりとめがなくなってますが・・。
ではでは。
これは メッセージ 191410 (蒼天の星 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffccf4x78_1/191457.html