Re: 尖閣上陸
投稿者: mr_chinii 投稿日時: 2012/08/16 03:56 投稿番号: [191304 / 196466]
「蒼天の星」殿のネーミングは実にいいな。たとえ星屑であってもロマンがある。人生は大空に輝く無数の星屑みたいなもんかも知れぬ。それでも、一天に輝ければそれこそ幸いだな。つい余計なことを申した^^;
>防衛力の強化と法整備が急務かと。
↑
実はな、これには大きな落とし穴があって、単なる感情の高ぶりで走っては危険な側面をはらんでおる。ま、今の日本人は賢いし歴史の経験も豊富に学んでおるから、戦前のような民度ではないと信じておる。かと申して、戦後の自虐史観一辺倒で軍事力一切否定の日本人も世界には理解してもらえない。特に日本国憲法の前文<日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した>は、まったく周辺国には理解してもらえていない。理解してもらえていないどころか、カモネギだとばかりに日本に圧力をかけてくる。それも軍事的にである。また、日本は米国のポチだと揶揄することにも余念がない。すなわち、彼らは日本と日本人を小バカにして溜飲を下げているということだな。
中国しかり、韓国しかり、ロシアしかり、である。ま、日本を小バカにしているのは心無い彼らの一部であろうと信じたいが、何か問題が発生すると一気にナショナリズムに走る危険性が否定できない。
そこで、そんな周辺環境の中で、日本と日本人に求められるものは何か? ということになる。日本は、明治の時代から欧米列強に対する、外からの圧迫に対する、日本と日本人の保護に目覚めている。外からの圧迫は、力によるものがほとんどである。力とは、勢力であり、その勢力は主として物理的(軍事力)であったり、経済力であったりする。文化という圧迫も考えられるが、工作員による意図的な工作以外は、必然とも言えるから、人々は平和的に受け入れる。
問題は物理的(軍事力)による圧迫だな。この圧迫に屈するのは、子供社会に多く見受けられるが、歴史にも多く見受けられるが、現代ではいいことではない。個人ならそれでもよしするのは勝手だが、国家や民族という大集団になれば個々人にもいろいろあるから、「それでもよし」というわけにはいかない。力による圧迫には力で跳ね返すしかないとの意識になる。要するに人生の生き方、プライドの問題だな。国家は大勢の人々の集団であるから、その価値観はさまざまとなる。だから個々人の個人的な勝手な価値観が、国家民族の価値観とはならない。
古代から、人の価値観として、圧迫や脅迫を受ければ、これに反感を持つし、自信がある者はこれに対抗しようとする。どんな弱小国や民族であっても、必ず反感や対抗心を持つ者がいる。
では、日本と日本人は歴史的に弱小民族であり、国家であったのか? 否である。これは過去の歴史が証明している。
日本の戦後平和憲法を「小バカにし、せせら笑う」周辺国が存在していることを多くの日本人がやっと認識するようになった。「これではダメだ」ということだな。では日本と日本人はどうしたらいいのかな?
賢く対処するしかない。日本人の民度と科学技術力をもってすればたわいのないことである。がしかし、この場に及んでも日本の戦争を教訓にすることが大切だな。それと日本の平和憲法前文精神の貫徹が大切だな。いくら米国に押し付けられた憲法であると言えども、その平和思考精神は世界に類を見ない。全世界がこの精神を尊重するなら、世界に争いは無くなるものと私は信じておる。
しかし、現実はそうはいかないし、いっていない。理解もされていない。逆に小バカにされている。困ったな(苦笑)。
そこで、日本には周辺国の圧迫による軍事的抑止力が必然となった。日本が取った措置は、実に可愛いもんである。自衛隊の、それもわずか24万人程度の自衛隊の動的展開だな。例えば尖閣諸島有事に際して陸上自衛隊が展開しようとしている兵力は、たったの600名である。兵力数百万人を要する中国がこれに文句を付けている。おかしな話である。
また海自は、潜水艦を18隻体制(内訓練艦2隻)から24隻に増強すると発表しただけで、中国海軍はビビッてしまった。たったの6隻の増強にである。しかし、この6隻が東シナ海に潜めば、中国海軍は港から出られなくなるほどの脅威を抱くことになる。<続く>
>防衛力の強化と法整備が急務かと。
↑
実はな、これには大きな落とし穴があって、単なる感情の高ぶりで走っては危険な側面をはらんでおる。ま、今の日本人は賢いし歴史の経験も豊富に学んでおるから、戦前のような民度ではないと信じておる。かと申して、戦後の自虐史観一辺倒で軍事力一切否定の日本人も世界には理解してもらえない。特に日本国憲法の前文<日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した>は、まったく周辺国には理解してもらえていない。理解してもらえていないどころか、カモネギだとばかりに日本に圧力をかけてくる。それも軍事的にである。また、日本は米国のポチだと揶揄することにも余念がない。すなわち、彼らは日本と日本人を小バカにして溜飲を下げているということだな。
中国しかり、韓国しかり、ロシアしかり、である。ま、日本を小バカにしているのは心無い彼らの一部であろうと信じたいが、何か問題が発生すると一気にナショナリズムに走る危険性が否定できない。
そこで、そんな周辺環境の中で、日本と日本人に求められるものは何か? ということになる。日本は、明治の時代から欧米列強に対する、外からの圧迫に対する、日本と日本人の保護に目覚めている。外からの圧迫は、力によるものがほとんどである。力とは、勢力であり、その勢力は主として物理的(軍事力)であったり、経済力であったりする。文化という圧迫も考えられるが、工作員による意図的な工作以外は、必然とも言えるから、人々は平和的に受け入れる。
問題は物理的(軍事力)による圧迫だな。この圧迫に屈するのは、子供社会に多く見受けられるが、歴史にも多く見受けられるが、現代ではいいことではない。個人ならそれでもよしするのは勝手だが、国家や民族という大集団になれば個々人にもいろいろあるから、「それでもよし」というわけにはいかない。力による圧迫には力で跳ね返すしかないとの意識になる。要するに人生の生き方、プライドの問題だな。国家は大勢の人々の集団であるから、その価値観はさまざまとなる。だから個々人の個人的な勝手な価値観が、国家民族の価値観とはならない。
古代から、人の価値観として、圧迫や脅迫を受ければ、これに反感を持つし、自信がある者はこれに対抗しようとする。どんな弱小国や民族であっても、必ず反感や対抗心を持つ者がいる。
では、日本と日本人は歴史的に弱小民族であり、国家であったのか? 否である。これは過去の歴史が証明している。
日本の戦後平和憲法を「小バカにし、せせら笑う」周辺国が存在していることを多くの日本人がやっと認識するようになった。「これではダメだ」ということだな。では日本と日本人はどうしたらいいのかな?
賢く対処するしかない。日本人の民度と科学技術力をもってすればたわいのないことである。がしかし、この場に及んでも日本の戦争を教訓にすることが大切だな。それと日本の平和憲法前文精神の貫徹が大切だな。いくら米国に押し付けられた憲法であると言えども、その平和思考精神は世界に類を見ない。全世界がこの精神を尊重するなら、世界に争いは無くなるものと私は信じておる。
しかし、現実はそうはいかないし、いっていない。理解もされていない。逆に小バカにされている。困ったな(苦笑)。
そこで、日本には周辺国の圧迫による軍事的抑止力が必然となった。日本が取った措置は、実に可愛いもんである。自衛隊の、それもわずか24万人程度の自衛隊の動的展開だな。例えば尖閣諸島有事に際して陸上自衛隊が展開しようとしている兵力は、たったの600名である。兵力数百万人を要する中国がこれに文句を付けている。おかしな話である。
また海自は、潜水艦を18隻体制(内訓練艦2隻)から24隻に増強すると発表しただけで、中国海軍はビビッてしまった。たったの6隻の増強にである。しかし、この6隻が東シナ海に潜めば、中国海軍は港から出られなくなるほどの脅威を抱くことになる。<続く>
これは メッセージ 191300 (蒼天の星 さん)への返信です.
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