日中関係

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④日本人の感覚: 丹羽大使の例

投稿者: mr_chinii 投稿日時: 2012/07/31 17:36 投稿番号: [191082 / 196466]
ま、あたりさわりのない話や家族等のよもやま話をしている分には中国人はまことに愛想がいい。歓迎され大いにもてなしてくれる。世話さえ見てくれる。中国人と日本人は同じアジア人であり、古来から交流が深いのだから「うまくやろう。お互いうまくやれないはずがない」という雰囲気になる。しかし、一歩深く入ると、うまくやれそうもない部分が顔を出し始める。何故?   ③で中国人は自己防衛本能が日本人とは比較にならないほど強いと申し上げたが、中国人の自己防衛本能は、まず自己が最初にあって、次が家族となる。続いて親戚・姻戚となり、地元閥を経て国家民族となる。この点は、我々日本人となんら変わりがないように見受けられるが、中国人の場合は異常なほどに強い。考えて見れば、中国が古代から置かれてきた環境にあるということが分かる。異民族の侵入はもちろん、王朝が交代するたびに激しい戦乱があった。王朝統治も官吏の腐敗が闊歩していたし、地元の権力者も往々にして悪であったし、加えて地方の村落には野党や盗賊・馬賊・匪賊等が我がもの顔で闊歩していた。己を防衛するには、己しかない、親戚・姻戚が団結するしかない、という境遇であった。

現在でも、パキスタンや中東アラブ諸国の僻地には、周囲に城砦のような塀を張り巡らした村落を見ることができる。また、親兄弟や姻戚が一緒に住み1ブロックを成している家々を見ることができる。中国にもある。韓国にもある。

昔から日本にも似たようなものがあるが、家族・姻戚というよりも村単位であった。しかし、弥生時代以降、村には城砦などといったものはない。勢力を得た豪族がその地域を支配統治するに至り、村人たちはその豪族に一目置き頼った。豪族同士の勢力争いは当然あったが、栄枯は豪族の宿命であって、普通の村人たちにまで深刻な害が及ぶことはまず少なかった。やがて力が強い豪族は、さらに強い豪族に服従する形で中央集権体制が構築される。一番の勢力を誇った豪族は大将軍となったが、何とその称号は神代の代から日本の神道を司る天皇家から授与されている。日本列島も激動の時代を繰り返し、大将軍も交代に交代を重ねたが、その頂点にあった天皇家は現在も日本国の象徴として存続する。地方の豪族も誕生しては消えた者も多いが、概して大将軍からその土地の治世を任され、大名として君臨している。これは、中国大陸とは大きく異なる点である。日本の場合、中国のように群雄割拠し、国土が荒廃した例は、足利時代末期から安土桃山時代に移行するほんのわずかの時代でしかない。要するに日本列島では一般の村人や町人たちが、勢力者の権力争いで生命身体財産に至るほど荒廃した例がまことに少ないということである。言い換えれば、村人や町人たちには己の生活が代々にわたり維持できていたということである。これは、時の大将軍に任命された地方豪族や大名にも顕著である。任命された豪族や大名は代々にわたりその領地を治めた。ところが中国大陸では中原王朝の科挙試験を経た高級官吏が地方地方を治めていたのである。どちらがよかったのか?   当時の民度ではこの違いは実に大きな差を生んでいる。<続く>
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