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stephaano_morse2 に理解できたら驚く

投稿者: kirameku9umi 投稿日時: 2012/05/21 18:55 投稿番号: [189280 / 196466]
古代中国の礎を築いたのは縄文人・・・①


私は・・・黄河文明(漢民族の文化)よりさらに古い、最古の中国文明である長江文明(漢民族ではない文明)の礎を築いたのは、倭人(縄文人=弥生人)だと考察している。

しかし、この思いは考古学を学べば学ぶほど、皆同じ結論にたどり着くようだ。


【縄文時代の外洋船を考える】
http://mishimasatoyama.web.fc2.com/page139.html

以下・・・抜粋

三内丸山遺跡(さんないまるやまいせき)その他遺跡から出土した籃胎漆器(らんたいしっき)である。樹木や竹のひごを編んだ籠にベンガラ漆を塗ったもので、編み込みの技術力の高さに驚かされる。もう一つ着目したのは北海道・青森・秋田をはじめ全国の遺跡から出土した瀝青(天然アスファルト)である。旧約聖書に記されるモーセのパピルス籠やノアの方舟の防水に使われたアスファルトが、遥かに遡る縄文時代に使われていたのである。

  上記の遺物は、縄文時代のダイナミックな交易と植物栽培の継続を背景とする手工芸の発展向上を雄弁に物語っている。これまで過小評価されて来た縄文時代は、予想をはるかに超えた文化水準に達していたのである。近年まで私達日本人は、進んだ技術や文化は何でもかんでも中国大陸からの移入と考えられて来たが、下記に詳細を述べるが漆は日本独自の自生植物であり、中国の殷遺跡より発掘された漆器より数千年も遡る縄文遺跡から籃胎漆器が発掘され、漆文化の中国への輸出説も語られ始めている。

  更に注目されるのは、中国の殷王朝における主要貨幣に使われた沖縄ないし伊豆八丈島産の宝貝(コヤスガイ等)の供給者は縄文人(倭人)ではなかったか、という見方もある。なぜなら、内陸内部の文明では遠路航海し得る舟は無かったろうし渡航術も稚拙だったと見るのが自然だからである。糸魚川産の翡翠や隠岐島・姫島・白滝産の黒曜石が大陸の遺跡から発掘されるなど海洋民族・縄文人(倭人)による渡航活動によるものと思われるのである。貝はめったに自国民直接入手困難品だったから貨幣に使われたのである。

さて、中国の古文献を紐解くと朝鮮半島南岸・中国大陸南岸に倭人が古より存在していることが記せられている。大陸の人々は鯨面分身(入れ墨)をもって倭人と認識していたようで、東方の島国から来ている海人と判別している。遠路航海のため水補給等のできる陸地に寄港地として港町(部落)を築いていた可能性は高く、紀元前後には倭人(縄文人)は中国大陸に間違いなく渡航していたことが分る。
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