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「天皇」と言えば「日本」。

投稿者: stik_inakuma 投稿日時: 2001/07/24 05:30 投稿番号: [18824 / 196466]
「天皇」と言えば「日本」。これが皆さんの常識だと思います。確かに現在、世界中の何処を見渡しても、「天皇」と言えば、それはイコール日本の天皇でしょう。しかし、「天皇」の称号が日本の専売特許等ではなく、かつて、大陸で「天皇」の称号がブームになっていたと言ったら、皆さんはどう思われるでしょうか?   今回は「天皇」の称号を通して、皇室の出自について考えてみたいと思います。


まず、「天皇」の読み方について。普通、これを私達は「テンノウ」と読みます。しかし、「天皇」には他の読み方もあるのです。古くは「スメラミコト」や「スメロギ」等ですが、時系列から行くと、


ミコト(尊)→スメラミコト→テンノウ(天皇)
と言う順になります。古代天皇の称号は「スメラミコト」でした。しかし、中国を盟主とする漢字文化圏との関係上、称号を漢字で表記する必要が生じたのも無理からぬ事でした。そこで、「スメラミコト」の漢字表記として編み出されたのが、「天皇」の二文字でした。我国は古来より、四方を海に囲まれた地勢と、「東方君子の国」としての自負より、中国と対等であらんと欲していました。中国の最高権力者の称号は誰もがご存じの「皇帝」です。そして、中国の歴代王朝からすれば、中国以外の周辺諸国は「皇帝」よりもワンランク下の「王」でしかありませんでした。普通なら、日本の「スメラミコト」も漢字表記では「王」の称号となる所ですが、日本がそれに甘んじる訳がありません。中国と対等であらんと欲すれば、中国同様、「皇帝」の称号を使う事になります。しかし、中国への国書にこの「皇帝」の称号を使えば、当時の情勢では間違いなく戦争になっていたでしょう。つまり、「東アジア世界に二人の盟主は必要ない」と言う訳です。そこで選ばれたのが、「皇帝」でもなく、しかも「王」でもない、「天皇」の称号だったのです。そして、中国側が「天皇」の称号を追認したのには、先例があったからこそなのです。

時代は中国・五胡十六国時代。魏・呉・蜀の三国時代は、魏の後継王朝・西晋によってようやく統一されました。しかし、西晋王室の内紛(八王の乱)により、西晋はあっけなく滅亡してしまいます。その後、華北(北部中国)には、匈奴・鮮卑・羯・氏・羌の五つの異民族、いわゆる「五胡」が各地に王国を建国する群雄割拠の時代、五胡十六国時代を迎えるのです。そして、この五胡十六国時代に「天皇」の称号はブームを起こすのです。この時代、「五胡」と呼ばれた遊牧騎馬民族の部族長は、「単于」(ぜんう)や「大単于」と言った称号を名乗っていました。しかし、国を建てその王となると、「王」としての称号が必要になりました。ある者はそのまま、「王」を名乗りましたが、中には、中国王朝同様、「皇帝」を名乗る者や、「皇帝」よりもワンランク下の「王」を嫌い、独自の称号を名乗る者も現れました。そんな彼らが名乗った称号が「天王」(テンノウ)だったのです。ちなみに、「天王」を名乗った主な五胡の王は下記の通りです。
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