>中国にも皇帝はいたよな。
投稿者: stik_inakuma 投稿日時: 2001/07/23 21:59 投稿番号: [18819 / 196466]
もう一度天皇家の系譜について述べよう。それには記紀を検証する必要があるある。
これを読み解くのに私なりに3つのキーポイントを設定した。
1、神の字の付く天皇
2、万世一系
3、戦争らしい戦争無しに日本統一
記紀は1のあることを除いて2、3を貫くため、起ったことを起きた年代も考えず相
当デフォルメして書かれている。また時には滅ぼした国の国王を天皇家の系譜の
中に入れ込んでいる。まるでモザイクのように。そのため天皇の生存期間を伸ば
したり縮めたり、熊曾や隼人を何回も征伐する、等のように論理的に不整合ばか
り目立つようになった。
記紀を解釈する上で重要なことは、起きたことは起きたこととして(起きた順序・
年代は別にして)書かれていて全て創作されたたものではないということ、登場
人物の入れ替えが行われていることを踏まえることである。記紀の全体の骨格
及び目的を最初に想定して始めなければならない。特に、神武から応神までは
気を付けなければならない。
では1のあることとは何か? それは天皇の即位の年である。
神武 紀元前660年
崇神 紀元前97年
応神 紀元 270年
なぜ即位の年なのか、話は逆でこの年ユダヤにとって非常に重要なことが起きた
から神の字付いた天皇の即位の年として深く記憶に留めたいという意志からだ。
まずは神武の即位の年、紀元前660年は思い出して欲しい、そう、紀元前740
年から紀元前626年の間にソロモン神殿から契約の箱が持ち出されたこと。
紀元前660年はその範囲にあっる。この年を契約の箱、マナの壷、アロンの杖
が共にアカバ湾からソロモン王とシバの女王の子孫の国アスクム帝国へ向け船
出した年と考えている。応神の270年は九州統一がほぼ完了した年である。
そして、やはり日向の細島から日本統一の遠征に契約の箱、マナの壷、アロン
の杖と共に船出をした年と考える。以上のことを踏まえて推理すると崇神の紀元
前97年はアクスム帝国を東に向けて契約の箱、マナの壷、アロンの杖と共に船
出した年となる。そして豊かで緑の多い約束の地に着いた。それ故に崇神天皇
に『崇』の字が諡に付けられたと考えられる。そして霧島東神社は崇神天皇の建
立となっている。(契約の箱、マナの壷、アロンの杖はユダヤの王権を保証する
三種の神器である。)三種の神器が移動すること、ましてや大海を移動したとな
るとユダヤ人とって史上稀に見る出来事である。だからこそ、こういう手法をとって
記録に残すことにしたのだ。
神の字の意味は第一義的には三種の神器の大移動を指し、派生してなにかを始
めた天皇、新しい土地で新政権樹立した天皇ということになる。
これを読み解くのに私なりに3つのキーポイントを設定した。
1、神の字の付く天皇
2、万世一系
3、戦争らしい戦争無しに日本統一
記紀は1のあることを除いて2、3を貫くため、起ったことを起きた年代も考えず相
当デフォルメして書かれている。また時には滅ぼした国の国王を天皇家の系譜の
中に入れ込んでいる。まるでモザイクのように。そのため天皇の生存期間を伸ば
したり縮めたり、熊曾や隼人を何回も征伐する、等のように論理的に不整合ばか
り目立つようになった。
記紀を解釈する上で重要なことは、起きたことは起きたこととして(起きた順序・
年代は別にして)書かれていて全て創作されたたものではないということ、登場
人物の入れ替えが行われていることを踏まえることである。記紀の全体の骨格
及び目的を最初に想定して始めなければならない。特に、神武から応神までは
気を付けなければならない。
では1のあることとは何か? それは天皇の即位の年である。
神武 紀元前660年
崇神 紀元前97年
応神 紀元 270年
なぜ即位の年なのか、話は逆でこの年ユダヤにとって非常に重要なことが起きた
から神の字付いた天皇の即位の年として深く記憶に留めたいという意志からだ。
まずは神武の即位の年、紀元前660年は思い出して欲しい、そう、紀元前740
年から紀元前626年の間にソロモン神殿から契約の箱が持ち出されたこと。
紀元前660年はその範囲にあっる。この年を契約の箱、マナの壷、アロンの杖
が共にアカバ湾からソロモン王とシバの女王の子孫の国アスクム帝国へ向け船
出した年と考えている。応神の270年は九州統一がほぼ完了した年である。
そして、やはり日向の細島から日本統一の遠征に契約の箱、マナの壷、アロン
の杖と共に船出をした年と考える。以上のことを踏まえて推理すると崇神の紀元
前97年はアクスム帝国を東に向けて契約の箱、マナの壷、アロンの杖と共に船
出した年となる。そして豊かで緑の多い約束の地に着いた。それ故に崇神天皇
に『崇』の字が諡に付けられたと考えられる。そして霧島東神社は崇神天皇の建
立となっている。(契約の箱、マナの壷、アロンの杖はユダヤの王権を保証する
三種の神器である。)三種の神器が移動すること、ましてや大海を移動したとな
るとユダヤ人とって史上稀に見る出来事である。だからこそ、こういう手法をとって
記録に残すことにしたのだ。
神の字の意味は第一義的には三種の神器の大移動を指し、派生してなにかを始
めた天皇、新しい土地で新政権樹立した天皇ということになる。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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