オレの親父も頑張った3
投稿者: writing_writing_it 投稿日時: 2001/07/22 21:32 投稿番号: [18803 / 196466]
(内海愛子「『第三国人』ということば」『朝鮮人差別とことば』所収)
と闇市における在日朝鮮人の「活動」を積極的に肯定し、これに対
する日本人の悪感情は、事実に基づかない「神話」によるもので、
戦前から引き続く差別意識だ、というものである。
民闘連(民族差別と闘う連絡協議会)は「第三国人」に関する
ダイエー中内社長発言に、民族差別だと闘争を組んだことがあった。
近頃の昭和史、戦後史の本を読むと、闇市における「第三国人」の
「活躍」について触れるものがほとんどない。民闘連のこういった
闘争がそれを避けさせているのだとしたら、歴史事実の隠蔽であり
、由々しき事態と言うほかない。
闇市における在日朝鮮人の実像
私は、在日一世から少なからず身の上話を聞いてきたが、闇市に直接
体験した人の話は一つだけであった。それはあるオモニ(朝鮮語で
お母さんの意)の話である。梅田の闇市でドブロク屋を三軒もやっ
て、毎日風呂敷いっぱいの金を持って帰るほど大儲けをした、
ドブロクには米粒が入っていて、酔えるし腹ふくれるし、裁判官や
ってる人も飲みにきたものや、しかし儲けて帰ってきても、ぎょう
さんの人がちょっと行こうと誘いにくる、主人はたかってくる人に
みんな使ってしまい、金は残らなんだ、あんまりたくさんの人がた
かってきて、主人がぽっぽとおごってやるもんで、腹が立って腹が
立って店やめてしもうた、という話であった。
闇市について色々調べていって、私は次のような感想を持つ。
闇市は確かに駅近くの公共用地などを勝手に占拠したもので、そこ
で儲けた人は税金を納めないなどの法に触れる行為はあったが、
この時代は戦後の混乱期の真っ最中で、すべての人が食うために何
でもせざるを得なかった時代である。多くの人々は配給だけでは生
きてはいけず、当時としては闇市は必要なものだったのであり、その
不法性については一方的に責められるものでは決してない。しかし
闇市における在日朝鮮人の存在は大きく、特に朝連(朝鮮人連盟−
総連の前身)はヤクザや警察と力で対決し、時には米軍のMPを拉致
することもあった。また朝連と民団との派手な抗争も何度も繰り返
された。在日朝鮮人たちは、買い出し列車に乗る日本人を引きずり
降ろしたり、日本人を「三等国民」と露骨に蔑んだりした。この
ような人は全在日朝鮮人のなかでもごく一部であったろうが、自己
の民族性を示した上でのこのような振舞いが、日本人の心に悪感情
をもたらせたのである。
かつて民団の団長であった権逸氏はその『回顧録』のなかで、
「顧みると、当時のこのような行動は、長い間抑圧されてきた者の
自然発生的な反発感からでたものであり、敗戦で萎縮した日本人の
胸に、朝鮮人に対する憎悪感を植えつける要因になったのではない
だろうか。」(『マルコポーロ92年11月号』による)
と述べている。このような反省的な発言は朝鮮人では私の知る限り
この人だけである。
闇市は当時の日本の商業部門で大きな位置を占めていたのに、
在日たちはそこで得た利益を資本蓄積にまわさなかった。前述の
オモニの話のように、闇市における在日の多くは儲けたけれど、
貯蓄することなく、ましてや合法的な商店を開こうとする気もなく
、浪費したとしか言いようがない。結局、在日は闇市の終焉ととも
に日本の商業・流通界から脱落した。
と闇市における在日朝鮮人の「活動」を積極的に肯定し、これに対
する日本人の悪感情は、事実に基づかない「神話」によるもので、
戦前から引き続く差別意識だ、というものである。
民闘連(民族差別と闘う連絡協議会)は「第三国人」に関する
ダイエー中内社長発言に、民族差別だと闘争を組んだことがあった。
近頃の昭和史、戦後史の本を読むと、闇市における「第三国人」の
「活躍」について触れるものがほとんどない。民闘連のこういった
闘争がそれを避けさせているのだとしたら、歴史事実の隠蔽であり
、由々しき事態と言うほかない。
闇市における在日朝鮮人の実像
私は、在日一世から少なからず身の上話を聞いてきたが、闇市に直接
体験した人の話は一つだけであった。それはあるオモニ(朝鮮語で
お母さんの意)の話である。梅田の闇市でドブロク屋を三軒もやっ
て、毎日風呂敷いっぱいの金を持って帰るほど大儲けをした、
ドブロクには米粒が入っていて、酔えるし腹ふくれるし、裁判官や
ってる人も飲みにきたものや、しかし儲けて帰ってきても、ぎょう
さんの人がちょっと行こうと誘いにくる、主人はたかってくる人に
みんな使ってしまい、金は残らなんだ、あんまりたくさんの人がた
かってきて、主人がぽっぽとおごってやるもんで、腹が立って腹が
立って店やめてしもうた、という話であった。
闇市について色々調べていって、私は次のような感想を持つ。
闇市は確かに駅近くの公共用地などを勝手に占拠したもので、そこ
で儲けた人は税金を納めないなどの法に触れる行為はあったが、
この時代は戦後の混乱期の真っ最中で、すべての人が食うために何
でもせざるを得なかった時代である。多くの人々は配給だけでは生
きてはいけず、当時としては闇市は必要なものだったのであり、その
不法性については一方的に責められるものでは決してない。しかし
闇市における在日朝鮮人の存在は大きく、特に朝連(朝鮮人連盟−
総連の前身)はヤクザや警察と力で対決し、時には米軍のMPを拉致
することもあった。また朝連と民団との派手な抗争も何度も繰り返
された。在日朝鮮人たちは、買い出し列車に乗る日本人を引きずり
降ろしたり、日本人を「三等国民」と露骨に蔑んだりした。この
ような人は全在日朝鮮人のなかでもごく一部であったろうが、自己
の民族性を示した上でのこのような振舞いが、日本人の心に悪感情
をもたらせたのである。
かつて民団の団長であった権逸氏はその『回顧録』のなかで、
「顧みると、当時のこのような行動は、長い間抑圧されてきた者の
自然発生的な反発感からでたものであり、敗戦で萎縮した日本人の
胸に、朝鮮人に対する憎悪感を植えつける要因になったのではない
だろうか。」(『マルコポーロ92年11月号』による)
と述べている。このような反省的な発言は朝鮮人では私の知る限り
この人だけである。
闇市は当時の日本の商業部門で大きな位置を占めていたのに、
在日たちはそこで得た利益を資本蓄積にまわさなかった。前述の
オモニの話のように、闇市における在日の多くは儲けたけれど、
貯蓄することなく、ましてや合法的な商店を開こうとする気もなく
、浪費したとしか言いようがない。結局、在日は闇市の終焉ととも
に日本の商業・流通界から脱落した。
これは メッセージ 18802 (writing_writing_it さん)への返信です.
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