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ラーベに関する

投稿者: kokorozashi123 投稿日時: 2001/07/19 19:39 投稿番号: [18695 / 196466]
ラーベの日記の抜粋

  1937年12月10日:南京は砲火で包囲され、水もなければ電気も通じない……
  12月14日:車を運転して市街地を通り抜けると、我々はやっと破壊の大きさの程度が分かってきた。車は1〜200メートル行くごとに人の死体にのり上げた。それは全て一般市民の死体である。私が調べた結果、弾は背中の方から撃たれてきたものであろう。日本兵の10数人から20人の一群が全市内の商店から略奪をおこなっていた。もし私自身が目撃しなかったら、とても信じられない光景だった。
  12月16日:車を運転して下関に行き発電所の現地調査をおこなった。中山路の路上は全て死体だ。…城内の前面は、死体が小山のように積み重ねられている。……至る所で殺人が行われていた。国防部の前面の兵舎のなかでも虐殺が行われており、銃声のやむことはなかった。
  12月22日:安全区を清掃していた時、私は多くの一般民衆が池の中で撃ち殺されているのを発見した。その中のある池では30の死体があり、ほとんどが両手を縛られ、あるものは首に石塊がくくられていた。
  12月24日:私は死体が放置されている地下室に行った。……一人の市民は焼かれていて、眼球が飛び出していた。……日本兵が彼の頭からガソリンをかけたのだ。
  12月25日:それぞれの難民はすべて必ず自分で登録しなければならない、しかも10日以内に完了しなければならないと日本人が命令した…20万人!   全ての若くて力があり壮健な男性は、すでにひっぱられて行った。彼らの運命は奴隷のように酷使されるのではなく、死であった。また、全ての年若い女性も引っ張られていった。大きな軍隊内の女郎宿を作るためだった。
  1938年1月1日:一人母親が私の方へ走ってきて、ひざまずいてしきりに泣き、私に助けてくれるように頼む。私がその部屋の中に入ったとき、一人の日本兵が素っ裸で、泣いて声がかすれ力つきた少女の上におしかぶさっているのを見た。わたしはすぐにそのゲスで恥知らずの日本兵を怒鳴りつけた。
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