全く出鱈目だな yume_sarasa1211
投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/02/05 17:54 投稿番号: [186464 / 196466]
これは、間違いだ。
↓
<yume_sarasa1211>
アイヌは、ロシアにいた少数民族といいたいのです。
ロシア人にいじめられ、追い出され、だんだん南下してきたのす。
だから、人種的に日本人と同じでも、わたしの論となんら矛盾しません。
アイヌと日本人がまったく同じであるならば、アイヌがもともと
住んでいた
土地も、日本の領土であると主張してもいい。
わたしが、さらに言いたいのは、国会がアイヌを日本の少数民族と
認めたことは誤りだということです。
日本人と人種的に同じならなおさらではありませんか。
いったい、ロシアの何処にいたと言いたいんだ?
<yume_sarasa1211>
世界の「少数民族」という認識は、あとからきた侵略者に虐げられ、
あわや滅亡にまで追い詰められた絶滅危惧種ということです。
例を挙げるなら、オーストラリア人に狩りの標的とされたアボリジニや
アメリカ大陸のアメリカインディアンなどです。
日本人がいつアイヌに彼らと同じことをしましたか。
じょうだんじゃない。
不心得者が、大きな数のわからないアイヌの鮭の数をごまかしたくらいのものでしょ。
同じことをしたのではなくても、少数民族は少数民族として認識すべきことなんだよ。
そして、確かな歴史の範囲でも蝦夷地開拓と言って彼らの生活圏を侵して、存亡を脅かした事実はあるのさ。
彼らを少数民族として認知し、彼らの失われつつあった生活圏をどうにか保護しようと考えたのは、利権の為ではない。
後に、右や左の似非な輩が勝手に利権化して似非人道主義や似非人権尊重を叫ぶ時、貴方のような無知な者が踊ったのさ。
<yume_sarasa1211>
いろいろ、考え合わせると、
日本のほうから朝鮮半島に支配の手がのびていたと思われます。
大して、色々じゃなく考え併せるから「朝鮮半島に支配の手」などとかけるのだろう。
『三国史記』に出てくる新羅は、南東部地域で仏教国を営んでいた一国に過ぎない。
<yume_sarasa1211>
祖先は、中国大陸の南方(漢族とは無関係)、あるいはもう少し南の
南方アジアのあたりから渡来してきたものと思われます。
『日本書紀』の本文ではなく、その他伝承の「一書曰」にたったひとつ、
素戔嗚尊が朝鮮半島から日本に渡ってきたとの記述がありますが、
これは、はっきりと高天原から芦原中つ国へやってくる中継地として
記述があります。
すなわち、高天原は絶対に朝鮮半島ではない。
中原や南方アジアから日本へ海路で来る時に、朝鮮半島は中継地にはならない。
陸路を経て朝鮮半島から海路で来る時、朝鮮半島が中継地になるのだ。
半島伝いに日本へ来た場合、秦一族のようにそれなりの記録が残る。
皇族由来に天の字を宛てたということは、海洋から日本に辿り着いたことを暗示するのさ。
米作でヤマト米の原種を持ちこんで稲作を奨励するのが皇族なわけだから、支那を脱出した稲作一族だと考えるのが妥当なんだよ。
青銅器文化で、鉄器を持たなかったことでも出身地域がある程度特定できるはずなのさ。
追い出されて先にやってきた素戔嗚尊が「こんなところになんかおれるか」
と言って東に船で乗り出したというのを採用するなら、それは陸路か遼東半島付近から海路に乗り出し新羅へ寄ったと推察すべきなのさ。
それと、後発で来る者達とは経路が違ったと考えるべきなんだよ。
良く知らない間に、高天原から降って高見の話が出てくるくらいだから、そんなに南方から渡ってきたわけでもないってことさ。
記紀に書かれる記録は、それなりに取り上げたい人達の話が中心だから、その間に度々大陸から渡ってきた人の経緯がよく漏れてるのさ。
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<yume_sarasa1211>
アイヌは、ロシアにいた少数民族といいたいのです。
ロシア人にいじめられ、追い出され、だんだん南下してきたのす。
だから、人種的に日本人と同じでも、わたしの論となんら矛盾しません。
アイヌと日本人がまったく同じであるならば、アイヌがもともと
住んでいた
土地も、日本の領土であると主張してもいい。
わたしが、さらに言いたいのは、国会がアイヌを日本の少数民族と
認めたことは誤りだということです。
日本人と人種的に同じならなおさらではありませんか。
いったい、ロシアの何処にいたと言いたいんだ?
<yume_sarasa1211>
世界の「少数民族」という認識は、あとからきた侵略者に虐げられ、
あわや滅亡にまで追い詰められた絶滅危惧種ということです。
例を挙げるなら、オーストラリア人に狩りの標的とされたアボリジニや
アメリカ大陸のアメリカインディアンなどです。
日本人がいつアイヌに彼らと同じことをしましたか。
じょうだんじゃない。
不心得者が、大きな数のわからないアイヌの鮭の数をごまかしたくらいのものでしょ。
同じことをしたのではなくても、少数民族は少数民族として認識すべきことなんだよ。
そして、確かな歴史の範囲でも蝦夷地開拓と言って彼らの生活圏を侵して、存亡を脅かした事実はあるのさ。
彼らを少数民族として認知し、彼らの失われつつあった生活圏をどうにか保護しようと考えたのは、利権の為ではない。
後に、右や左の似非な輩が勝手に利権化して似非人道主義や似非人権尊重を叫ぶ時、貴方のような無知な者が踊ったのさ。
<yume_sarasa1211>
いろいろ、考え合わせると、
日本のほうから朝鮮半島に支配の手がのびていたと思われます。
大して、色々じゃなく考え併せるから「朝鮮半島に支配の手」などとかけるのだろう。
『三国史記』に出てくる新羅は、南東部地域で仏教国を営んでいた一国に過ぎない。
<yume_sarasa1211>
祖先は、中国大陸の南方(漢族とは無関係)、あるいはもう少し南の
南方アジアのあたりから渡来してきたものと思われます。
『日本書紀』の本文ではなく、その他伝承の「一書曰」にたったひとつ、
素戔嗚尊が朝鮮半島から日本に渡ってきたとの記述がありますが、
これは、はっきりと高天原から芦原中つ国へやってくる中継地として
記述があります。
すなわち、高天原は絶対に朝鮮半島ではない。
中原や南方アジアから日本へ海路で来る時に、朝鮮半島は中継地にはならない。
陸路を経て朝鮮半島から海路で来る時、朝鮮半島が中継地になるのだ。
半島伝いに日本へ来た場合、秦一族のようにそれなりの記録が残る。
皇族由来に天の字を宛てたということは、海洋から日本に辿り着いたことを暗示するのさ。
米作でヤマト米の原種を持ちこんで稲作を奨励するのが皇族なわけだから、支那を脱出した稲作一族だと考えるのが妥当なんだよ。
青銅器文化で、鉄器を持たなかったことでも出身地域がある程度特定できるはずなのさ。
追い出されて先にやってきた素戔嗚尊が「こんなところになんかおれるか」
と言って東に船で乗り出したというのを採用するなら、それは陸路か遼東半島付近から海路に乗り出し新羅へ寄ったと推察すべきなのさ。
それと、後発で来る者達とは経路が違ったと考えるべきなんだよ。
良く知らない間に、高天原から降って高見の話が出てくるくらいだから、そんなに南方から渡ってきたわけでもないってことさ。
記紀に書かれる記録は、それなりに取り上げたい人達の話が中心だから、その間に度々大陸から渡ってきた人の経緯がよく漏れてるのさ。
これは メッセージ 186445 (yume_sarasa1211 さん)への返信です.
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