Re: ★ 映画『氷雪の門』をめぐって ★
投稿者: run_run72 投稿日時: 2011/01/03 21:44 投稿番号: [185827 / 196466]
ところが、何事ぞ、厚顔無私、またしても第四回目を申し込んで来たのである。
もはや我慢の限界であったが、しかし敗れた者の情なさ、どうすることも出来ない。やはり送る外ないと、四たび三名の女性が選ばれ、月曜日の午前中に出発することになった。それは六月十九日土曜日の夜であった。
堀婦長が憂鬱な人選を終え八時過ぎに病院を出ようとした時、扉口によろめき倒れかかって来た傷だらけの女性がある。
日本の振り紬をイブニングドレスに更生した肩も露な洋服をまとい、裸足で桃色の繻子の靴を片足だけしっかり握りしめている。落ち着いてよく見ると、何と第一回に派遣した大島はなえ看護婦ではないか。病室にかつぎ込んで手当したが危険は刻々と追って来る。堀婦長はこの時のことを次のように語っている。
≪しかし、聞くだけのことは聞かねばならないので、大島さんを揺すぶって起こし起こして聞いてみますと、哀れなこの看護婦は私の腕に抱かれながら、ほとんど意識を失いかけている臨終の眼を無理矢理にひきあけて、次のように物語るのでした。
「私たちはソ連の病院に頼まれていったはずですのに、あちらでは看護婦の仕事をさせられているのではありません。行った日から病院の仕事は全然しないで、ソ連将校の慰みものにされているのです。
最初に行きました三人に、ほとんど毎晩三人も四人もの将校が代わる代わるやって来て私たちをいい慰みものにするのです。否と言えば殺されてしまうのです。
私も殺されるぐらいはかまいませんが、次々と同僚の人たちが、ここから応援を名目にやって来るのを見て、何とかして知らせなければ死んでも死に切れないと考えましたので、厳重な監視の眼を盗んで脱走して来たのです」というのでした。
聞いている私をはじめ、居残っていた病院の人たちも、その話にただ暗澹と息をのみ、激しい憤りに身内が震えてくるのを禁じ得ません。脱走した時、うしろから撃たれたのでしょう、十一発の銃創の外に、背中に鉄条網をくぐって来たかすり傷が十数本、血をふいて、みみずばれに腫れています。どんな気持ちで鉄条網をくぐって脱走してきたのか、どんな危険を冒して来たのか、その傷は何よりも雄弁に物語っているではありませんか。
身を挺して次の犠牲者を出したくないと決死の覚悟で逃れて来たこの看護婦の話に、私の涙は噴水のように後から後から噴き出し釆ました。
国が敗れたとしても個人の尊厳は冒すこと出来ないのではないのでしょうか。
それをわずか七日間の参戦で勝ったというだけで、清純な女性を犯すとは何事ぞと、血の出るような叫びを、可憐な二十二歳の命が消えて行こうとする臨終の床に、魂をさく思いで叫んだのでした。
「婦長さん!もう後から人を送ってはいけません。お願いします」という言葉を最後に、その夜十時十五分、がっくりと息をひきとりました。泣いても泣いても涙が止まりませんでした。》
・・中略・・・
《入口には一同の靴がきちんと揃えてありました。障子を開けると大きな屏風が逆さまに立ててあります。中からプンと線香の匂いがしました。変だなと考えるひまもなく部屋に駆け上がってみました。胸がドキドキしました。二十二人の看護婦がズラリと二列に並んで眠っています。しかも満州赤十字看護婦の制服に制帽姿で、めいめい胸のあたりで両手を合わせて合掌しているではありませんか。
脚は紐できちん縛ってあります。直感的な不安を感じ私はあわてて一人に触ってみました。もう冷たくなっているのでした。(中略)
し−んとした死の部屋で、どの顔もどの顔も、極めて平和な、しかも美しい顔をして、制服制帽こそ長い間の従軍につぎが当たり色は褪せてていますが、折り目正しく、きちんと着ています。二列になった床の中央には机を持ち出し、その上に昨日各自の手でお弔いをした大島はなえさんの遺髪を飾り、お線香と水が供えられてあります。》
http://www.geocities.co.jp/NeverLand/8947/aoba.htm
言うべき言葉もありません。
平和を愛する諸国民の公正と信義とやらの実態が、
いったいどういうものかを、
我々は知らねばなりません。
平和を愛し、公正で信義を守る国など、
少なくとも近隣には1つもありません。
世界中に日本以外は(笑)ひとつもないでしょうね。
もはや我慢の限界であったが、しかし敗れた者の情なさ、どうすることも出来ない。やはり送る外ないと、四たび三名の女性が選ばれ、月曜日の午前中に出発することになった。それは六月十九日土曜日の夜であった。
堀婦長が憂鬱な人選を終え八時過ぎに病院を出ようとした時、扉口によろめき倒れかかって来た傷だらけの女性がある。
日本の振り紬をイブニングドレスに更生した肩も露な洋服をまとい、裸足で桃色の繻子の靴を片足だけしっかり握りしめている。落ち着いてよく見ると、何と第一回に派遣した大島はなえ看護婦ではないか。病室にかつぎ込んで手当したが危険は刻々と追って来る。堀婦長はこの時のことを次のように語っている。
≪しかし、聞くだけのことは聞かねばならないので、大島さんを揺すぶって起こし起こして聞いてみますと、哀れなこの看護婦は私の腕に抱かれながら、ほとんど意識を失いかけている臨終の眼を無理矢理にひきあけて、次のように物語るのでした。
「私たちはソ連の病院に頼まれていったはずですのに、あちらでは看護婦の仕事をさせられているのではありません。行った日から病院の仕事は全然しないで、ソ連将校の慰みものにされているのです。
最初に行きました三人に、ほとんど毎晩三人も四人もの将校が代わる代わるやって来て私たちをいい慰みものにするのです。否と言えば殺されてしまうのです。
私も殺されるぐらいはかまいませんが、次々と同僚の人たちが、ここから応援を名目にやって来るのを見て、何とかして知らせなければ死んでも死に切れないと考えましたので、厳重な監視の眼を盗んで脱走して来たのです」というのでした。
聞いている私をはじめ、居残っていた病院の人たちも、その話にただ暗澹と息をのみ、激しい憤りに身内が震えてくるのを禁じ得ません。脱走した時、うしろから撃たれたのでしょう、十一発の銃創の外に、背中に鉄条網をくぐって来たかすり傷が十数本、血をふいて、みみずばれに腫れています。どんな気持ちで鉄条網をくぐって脱走してきたのか、どんな危険を冒して来たのか、その傷は何よりも雄弁に物語っているではありませんか。
身を挺して次の犠牲者を出したくないと決死の覚悟で逃れて来たこの看護婦の話に、私の涙は噴水のように後から後から噴き出し釆ました。
国が敗れたとしても個人の尊厳は冒すこと出来ないのではないのでしょうか。
それをわずか七日間の参戦で勝ったというだけで、清純な女性を犯すとは何事ぞと、血の出るような叫びを、可憐な二十二歳の命が消えて行こうとする臨終の床に、魂をさく思いで叫んだのでした。
「婦長さん!もう後から人を送ってはいけません。お願いします」という言葉を最後に、その夜十時十五分、がっくりと息をひきとりました。泣いても泣いても涙が止まりませんでした。》
・・中略・・・
《入口には一同の靴がきちんと揃えてありました。障子を開けると大きな屏風が逆さまに立ててあります。中からプンと線香の匂いがしました。変だなと考えるひまもなく部屋に駆け上がってみました。胸がドキドキしました。二十二人の看護婦がズラリと二列に並んで眠っています。しかも満州赤十字看護婦の制服に制帽姿で、めいめい胸のあたりで両手を合わせて合掌しているではありませんか。
脚は紐できちん縛ってあります。直感的な不安を感じ私はあわてて一人に触ってみました。もう冷たくなっているのでした。(中略)
し−んとした死の部屋で、どの顔もどの顔も、極めて平和な、しかも美しい顔をして、制服制帽こそ長い間の従軍につぎが当たり色は褪せてていますが、折り目正しく、きちんと着ています。二列になった床の中央には机を持ち出し、その上に昨日各自の手でお弔いをした大島はなえさんの遺髪を飾り、お線香と水が供えられてあります。》
http://www.geocities.co.jp/NeverLand/8947/aoba.htm
言うべき言葉もありません。
平和を愛する諸国民の公正と信義とやらの実態が、
いったいどういうものかを、
我々は知らねばなりません。
平和を愛し、公正で信義を守る国など、
少なくとも近隣には1つもありません。
世界中に日本以外は(笑)ひとつもないでしょうね。
これは メッセージ 185826 (run_run72 さん)への返信です.
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