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文革論議

投稿者: riseidekanngaeru 投稿日時: 2010/06/22 17:41 投稿番号: [183142 / 196466]
jmが好きだという周恩来、また多くの中国人に人気のある訒小平は、確かに傑出した中国指導者の中でも特に高い能力を有して居たろう。周恩来は生え抜きの共産党員であり、後から来た毛沢東の補佐に徹した人間であり、珍しく一度も失脚したことがない。不倒翁と呼ばれるゆえんである。もっとも、晩年は毛沢東と対立し、膀胱癌の治療を一切受けられずに死んだとの記録もある。

一方、訒小平は文革の折失脚したがまた返り咲くなど3度の失脚から2度返り咲いた希有の人物といえる。

まず周恩来は終始一貫して権力争いには加わらず、毛沢東の補佐に徹することで、共産党の悪事の責任を直接被ることがなかった。毛沢東にしてもその後の劉少奇や訒小平、華国鋒達も周恩来を敵に回すよりも国民の人気をつなぎ止めるために利用する方法をとった。また、周恩来は多くの海外要人と会ったが、非常に洗練され中国人には居ない紳士であるとの評価を得ている。養子の嫌われ者、李鵬とは大違いであり、李鵬は今も中国では最も人気のない男の一人だそうだ。もちろん、表だって口にはしないだろうが、中国人が一番にくんでいるのは毛沢東だそうだが、互いに監視しあっているここの阿呆達は口が裂けても毛沢東が嫌いだ等とは言えないだろう。

ところで、毛沢東が能力的には非常に高い物を持っていた事は事実で、そのカリスマ性で権力の座に着いたことは事実だ。また彼なりに相当の勉強家だった、結果としてその知識はかなり偏った物であることは彼の業績からわかる。海外経験が無く(ソ連を訪れたことはあるが)根っからの中国人としての価値観を客観的に見ることはなかった。個人生活はかなり質素であったと言われているが、それも疑問符は着く。

主恩来は若い頃日本に来て学び、またパリにも遊学している。その国際感覚が海外の要人にとっては好ましく思えたのだ。

そのイメージは毛沢東も利用しただけで、人間的にはそりが合わず、晩年は癌にかかっていることがわかっても毛沢東は治療を許さなかった。また、本人も、癌を抱えながら終日執務をしていたようだ。

しかし、周恩来の思いがどうであれ、共産党の中枢にいて紅軍、共産党の残虐非道、毛沢東等の虐殺の有様を誰よりも知り尽くしながら、毛沢東に逆らうことなどせず、自分は汚名を免れていたのであり、その紳士としての表面とは裏腹の罪を犯している。

ー   長くなったので続く
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