Re: 「中華經濟體」已形成。
投稿者: delia_may_of2010 投稿日時: 2010/06/18 10:12 投稿番号: [183031 / 196466]
>この国には外に出るに必要な哲学は本当に無いようだ。なら、鎖国は一番の選択かもしれません<
>中国人は実に安易にこう云う言葉を口にする。
この言葉、思考を経ているのだろうか?
もし学生がこう云うことを言うなら、教師はバシッと叱らねばならない。<
教師も何も考えない教師は居るんだ。何についてどう叱るかは見物したいものです。
NIHAOさんこそご自分で書いたものは思考を経ているのでしょうか。
>中国の歴史を理解しているだろうか?
この国(日本)ではない、あの国(中国)に哲学があったとして、それは当時(百年前)、伝統と呼ばれていた。
中国の伝統、その重さに当時の中国は呻吟していた。<
「哲学」と「伝統」を同じ概念だと?思考は混乱していませんか?
中国は「哲学」を「伝統」と呼ばれていたと?百年前?
何を仰っていますか。一万年前と言われるなら考古学の先生に聞きますわ。
>過剰な伝統の為に中国は西洋の先進文化を受け入れることができない。
哲学のない、軽い軽い日本は伝統の束縛が少ないため、短期間に西洋を学び取ることができた。<
言いたい事は良く分かります。定説にもなっているほどです。
しかし、「日本は哲学がないため短期間に西洋を学び取ることができた。」と、こういう発言は日本の教師に叱られません?
>五四運動の時期、「新青年」の雑誌を通して陳独秀、胡適、魯迅先生などは何を言っていたか?
それは、中国を伝統の桎梏(しっこく)から解放しろ・・と云うことであった。
過剰な哲学、伝統の重圧、それこそが近代中国百年の悩みではなかったのか?<
「過剰な哲学」と言う文句さえなければね。。。
そもそも「過剰な哲学」、「哲学は過剰」って何の事でしょう?
「伝統」と言いたいのですか?
それと、NIHAOさんは左翼作家ばかりではなく、その向かい側、右翼作家の言い分も見てくださいよ。何の事で喧嘩するのかを見て、中国は何を抱えていて、何を持っていないかも見えると思いますが。
>現代中国も同様である。
「馬列(マルクス・レーニン)主義、毛沢東思想、訒小平理論・・」
マルクス主義は別として、毛沢東思想や訒小平理論は、在来のものを一歩でも越えて新たな哲学概念になるかどうか、まだ全然分かりません。
>哲学は過剰であるが、<
哲学に関する本、或いはその思考や悩みは過剰だと言いたいですね?
>誰も学ばない。<
哲学なら、本で学ぶものではないと思います。
以前「哲学の話」の文章で、NIHAOさんは「炸醤麺は炸醤麺なのか」という命題を作って、「唯心論」の話に帰したのですね?言うならば、NIHAOさんが作った命題は「意識と本質」の問題で、唯物論的な話だと思いますが。
そんなことを考えない東洋人で良かったとか、仰っていましたが、
考えないからこういう「哲学」「伝統」をごちゃ混ぜして、どうのこうのと文章を書いてしまったかもしれませんが、読んでいて困ってしまいましたよ。以降明らかに意味不明な文章は、NIHAOさんが書いてくださっているものでも、返信しないことにさせて頂きます。
>中国人は実に安易にこう云う言葉を口にする。
この言葉、思考を経ているのだろうか?
もし学生がこう云うことを言うなら、教師はバシッと叱らねばならない。<
教師も何も考えない教師は居るんだ。何についてどう叱るかは見物したいものです。
NIHAOさんこそご自分で書いたものは思考を経ているのでしょうか。
>中国の歴史を理解しているだろうか?
この国(日本)ではない、あの国(中国)に哲学があったとして、それは当時(百年前)、伝統と呼ばれていた。
中国の伝統、その重さに当時の中国は呻吟していた。<
「哲学」と「伝統」を同じ概念だと?思考は混乱していませんか?
中国は「哲学」を「伝統」と呼ばれていたと?百年前?
何を仰っていますか。一万年前と言われるなら考古学の先生に聞きますわ。
>過剰な伝統の為に中国は西洋の先進文化を受け入れることができない。
哲学のない、軽い軽い日本は伝統の束縛が少ないため、短期間に西洋を学び取ることができた。<
言いたい事は良く分かります。定説にもなっているほどです。
しかし、「日本は哲学がないため短期間に西洋を学び取ることができた。」と、こういう発言は日本の教師に叱られません?
>五四運動の時期、「新青年」の雑誌を通して陳独秀、胡適、魯迅先生などは何を言っていたか?
それは、中国を伝統の桎梏(しっこく)から解放しろ・・と云うことであった。
過剰な哲学、伝統の重圧、それこそが近代中国百年の悩みではなかったのか?<
「過剰な哲学」と言う文句さえなければね。。。
そもそも「過剰な哲学」、「哲学は過剰」って何の事でしょう?
「伝統」と言いたいのですか?
それと、NIHAOさんは左翼作家ばかりではなく、その向かい側、右翼作家の言い分も見てくださいよ。何の事で喧嘩するのかを見て、中国は何を抱えていて、何を持っていないかも見えると思いますが。
>現代中国も同様である。
「馬列(マルクス・レーニン)主義、毛沢東思想、訒小平理論・・」
マルクス主義は別として、毛沢東思想や訒小平理論は、在来のものを一歩でも越えて新たな哲学概念になるかどうか、まだ全然分かりません。
>哲学は過剰であるが、<
哲学に関する本、或いはその思考や悩みは過剰だと言いたいですね?
>誰も学ばない。<
哲学なら、本で学ぶものではないと思います。
以前「哲学の話」の文章で、NIHAOさんは「炸醤麺は炸醤麺なのか」という命題を作って、「唯心論」の話に帰したのですね?言うならば、NIHAOさんが作った命題は「意識と本質」の問題で、唯物論的な話だと思いますが。
そんなことを考えない東洋人で良かったとか、仰っていましたが、
考えないからこういう「哲学」「伝統」をごちゃ混ぜして、どうのこうのと文章を書いてしまったかもしれませんが、読んでいて困ってしまいましたよ。以降明らかに意味不明な文章は、NIHAOさんが書いてくださっているものでも、返信しないことにさせて頂きます。
これは メッセージ 183010 (nihao_aq_jp さん)への返信です.
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