Re: 心中の話…
投稿者: run_run72 投稿日時: 2010/06/09 01:35 投稿番号: [182639 / 196466]
こちらこそご返信ありがとうございます。
ワタクシもリアルの生活を優先しておりますので、
気ままにやらせていただきます。
>>親子心中については、
柳田国男あたりも強い感心を持っていたようです。
大正末期以降に突如増え始めたらしく、それ以前は、親だけが死ぬ、子捨て、子殺しで対処・・という形だったようです。<
>民俗学者の関心を引いて民俗学の対象にもなっているほど、昔からある社会的な現象の一つですね。
柳田国男が親子心中について強い興味をもっていたのは、
彼の複雑?な親子関係に原因があるのかもしれませんが。
親子心中自体は、明治40年頃まではほとんどないに等しいようです。
岩本通弥氏がこの方面の研究をされています。
興味があれば、入手可能な論文や本があるかと思いますのでご覧下さい。
http://book.geocities.jp/educ60/d9.htm
>大正11年から昭和2年で養育棄児数と親子心中数が交差するのですが、これは、この時期に日本人の「子どもを他人に委ねる行為に対する評価」が変化したのではないかと岩本は推測します。
昭和7年の新聞広告でも幼児を差し上げるというものが見られるという証拠を挙げて昭和9年頃までは、こうした子供の生命を他人に託すことは絶対的罪悪とはされていなかったのです。それが親の養育を絶対視するようになれば、心中、つまり子殺しと自殺を同時に行わなければならなくなってくるというわけです。<
>>現代の親子心中・・(ってそんなにあるのかどうかしりませんが、もしあるなら)<
>そんなにあるのですよ。有り過ぎてショックでしたよ。
そうなんですか。
介護心中・・はたしかに多いようですが。
京都で認知症の老母を殺し自分も自殺しようとしたが死に切れなかった。
生活保護が拒絶され(介護で働けないのに)
進退きわまって・・というこの事件のことを思うと、
最近の、中国人永住者の生活保護詐取事件などの報道を見ると、
強い怒りが沸き起こります・・
声の大きい厚かましい奴が利を得るのですよね。
・・と脱線しましたね。
>例えば、人のお墓も平気で破壊するヤツなんて、恐れるものは多分何もないのでしょうと思いますよね。こんなヤツは他にどんな恐ろしい事をするかと思うと、計り知れないほど恐怖を感じてしまうのですよね。
墓ではありませんが、
靖国のことを考えてしまいます。
>同じように、自分の子どもまで殺すヤツなんて、、、と思ってしまいますよ。
インドのタウリやサティがらみの殺人を知って、眉をひそめ、
怒りをおぼえても・・・だからといって全てのインド人がどうかとは思いませんけども?
ところで、おもしろいものを見つけました。
カメルーンにも弔うチンパンジー 『母』埋葬に数十匹参列
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2010052902000191.html
写真に写っているチンパンジーは、明らかに
死んだチンパンジーを見守り悼んでいますよね。
そういう感情っていうのは、
人間が人間になる前からあるのかもしれません。
母は、家の前の道路で死んだネコの遺体のまわりに、
いつのまにか何匹ものネコが集まり寝そべって
死んだ猫をみつめていた・・・と。
それをまた近所のヒトが集まってみて・・ネコのお葬式かね?
ネコでも死がわかり、悼む気持があるのかね、といっていたらしいですが。
人殺しより、
墓を破壊するほうが罪は重いなどとはいいませんが、
他人が他人を悼む気持は思いやりたいもんです。
>恐ろしい事は恐ろしい事で、その経緯、由来、社会的環境的な要素など、多少は知っているなら、それだけでもそれなりの心構えが出来るもので、不安感も少しは和らげるものだろうと私は思います。
少なくとも、親子心中は、
他人に攻撃性が向くものではありません。
それに、日本が安全な国であることは、客観的な事実ですし。
>日本についても中国についても、知りたいと思うことがあれば、私なら、その探求もhow(どのように)のみにして、why(何故なのか)をあえて探求しません。不健康に感情の高ぶりも避けたいものです。
何故なのかを考えるのが面白いのですが。
まあ、あまり熱くなるのも考えものなのは確かですね。
とりとめもないレスに丁寧に応じていただきありがとうございました。
ワタクシもリアルの生活を優先しておりますので、
気ままにやらせていただきます。
>>親子心中については、
柳田国男あたりも強い感心を持っていたようです。
大正末期以降に突如増え始めたらしく、それ以前は、親だけが死ぬ、子捨て、子殺しで対処・・という形だったようです。<
>民俗学者の関心を引いて民俗学の対象にもなっているほど、昔からある社会的な現象の一つですね。
柳田国男が親子心中について強い興味をもっていたのは、
彼の複雑?な親子関係に原因があるのかもしれませんが。
親子心中自体は、明治40年頃まではほとんどないに等しいようです。
岩本通弥氏がこの方面の研究をされています。
興味があれば、入手可能な論文や本があるかと思いますのでご覧下さい。
http://book.geocities.jp/educ60/d9.htm
>大正11年から昭和2年で養育棄児数と親子心中数が交差するのですが、これは、この時期に日本人の「子どもを他人に委ねる行為に対する評価」が変化したのではないかと岩本は推測します。
昭和7年の新聞広告でも幼児を差し上げるというものが見られるという証拠を挙げて昭和9年頃までは、こうした子供の生命を他人に託すことは絶対的罪悪とはされていなかったのです。それが親の養育を絶対視するようになれば、心中、つまり子殺しと自殺を同時に行わなければならなくなってくるというわけです。<
>>現代の親子心中・・(ってそんなにあるのかどうかしりませんが、もしあるなら)<
>そんなにあるのですよ。有り過ぎてショックでしたよ。
そうなんですか。
介護心中・・はたしかに多いようですが。
京都で認知症の老母を殺し自分も自殺しようとしたが死に切れなかった。
生活保護が拒絶され(介護で働けないのに)
進退きわまって・・というこの事件のことを思うと、
最近の、中国人永住者の生活保護詐取事件などの報道を見ると、
強い怒りが沸き起こります・・
声の大きい厚かましい奴が利を得るのですよね。
・・と脱線しましたね。
>例えば、人のお墓も平気で破壊するヤツなんて、恐れるものは多分何もないのでしょうと思いますよね。こんなヤツは他にどんな恐ろしい事をするかと思うと、計り知れないほど恐怖を感じてしまうのですよね。
墓ではありませんが、
靖国のことを考えてしまいます。
>同じように、自分の子どもまで殺すヤツなんて、、、と思ってしまいますよ。
インドのタウリやサティがらみの殺人を知って、眉をひそめ、
怒りをおぼえても・・・だからといって全てのインド人がどうかとは思いませんけども?
ところで、おもしろいものを見つけました。
カメルーンにも弔うチンパンジー 『母』埋葬に数十匹参列
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2010052902000191.html
写真に写っているチンパンジーは、明らかに
死んだチンパンジーを見守り悼んでいますよね。
そういう感情っていうのは、
人間が人間になる前からあるのかもしれません。
母は、家の前の道路で死んだネコの遺体のまわりに、
いつのまにか何匹ものネコが集まり寝そべって
死んだ猫をみつめていた・・・と。
それをまた近所のヒトが集まってみて・・ネコのお葬式かね?
ネコでも死がわかり、悼む気持があるのかね、といっていたらしいですが。
人殺しより、
墓を破壊するほうが罪は重いなどとはいいませんが、
他人が他人を悼む気持は思いやりたいもんです。
>恐ろしい事は恐ろしい事で、その経緯、由来、社会的環境的な要素など、多少は知っているなら、それだけでもそれなりの心構えが出来るもので、不安感も少しは和らげるものだろうと私は思います。
少なくとも、親子心中は、
他人に攻撃性が向くものではありません。
それに、日本が安全な国であることは、客観的な事実ですし。
>日本についても中国についても、知りたいと思うことがあれば、私なら、その探求もhow(どのように)のみにして、why(何故なのか)をあえて探求しません。不健康に感情の高ぶりも避けたいものです。
何故なのかを考えるのが面白いのですが。
まあ、あまり熱くなるのも考えものなのは確かですね。
とりとめもないレスに丁寧に応じていただきありがとうございました。
これは メッセージ 182585 (delia_may_of2010 さん)への返信です.
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