Re: 中国人講師「中国の教科書、95%デタラ
投稿者: sintyou7 投稿日時: 2010/05/15 21:32 投稿番号: [181942 / 196466]
あら、しばらく見ない内に歴代の多士済々が、喧々諤々してよーだ。
無い様からしてみると、とっくの以前に論破されまくっていた事のよーだが、
何事も無かったかのよーにして、また再び持ち出して来る所を診ると、健忘症や認知症が入って来ているよーだ。
挨瓦ず、バカなばばあの、歴史講釈にはうんざりしてくるものだ。
ここら辺りで、再び貴重なお説教を垂れて置いてやろおお。
世界史には、侵略した、侵略されたと云う事実が沢山あるのは知っておるのかいなあ?
ちっぽけな日本史鹿知らないくせに、日本以外の歴史の事で大言壮語を話してもなあ?
バカなばあさんにも分かりやすい例を、絵本風に示してあげようね。
アジアの話をすると、日本に関わりがある事なので、とおおおいヨーロッパの例え話しを、聞かせてあげようねぇ。
以前にも、言った事があるんじゃないかな?
例える話しの舞台は、1812年。フランス革命後の話。
そもそも、フランスの王政を倒す為に勃発したフランス革命だったが、その最終段階が、皇帝ナポレオンの独裁政治だった事は、皮肉だよね。
全ヨーロッパ大陸を制覇したナポレオン皇帝は、イギリスへの大陸封鎖令に従わないロシアに対し、ロシアの首都モスクワへ大遠征を行う事を決心した。
後の、ヒトラーも全く同じ行動をとった事も知っているよね。
大陸軍総勢77万人。それに対して、ロシア軍は決戦を回避し焦土作戦を展開。徹底して決戦を避け軍隊を温存。ロシアの国土深くへナポレオン軍を誘い込んだ。
まあ、スモレンスク会戦やら、ボロジノ会戦やらで、負けたりしていたが。(日中戦争に、似てるよね)
そして、首都モスクワもナポレオンへ明け渡し退却。モスクワへ火を放った。
ナポレオンは首都モスクワを占領したものの、ロシア軍と戦う事も無く、ロシア皇帝との交渉も出来ずに徒に日時を浪費し、そのまま遂に、冬が到来してしまった。
モスクワには、食料、水も無くばたばたと兵士が病に倒れていった。
遂に、ナポレオンは退却を決心し、モスクワを後にしたが、既に遅し。
退却するナポレオン軍を、ロシア軍は猛追撃し、ナポレオン軍は冬将軍、食料不足、衣類不足の中地獄の様な退却を余儀無くされ、置いてけぼりをくった兵士は全て殺された。
結局12月14日ベレジナ河を渡って帰国出来た人数は1万人以下。実に遠征軍の97%が死亡しました。
この出来事を、曲にしたのが、かの有名なチャイコフスキー作曲、”序曲「1812年」”ですね。誰もが、絶対聞いた事がある筈の名曲です。この曲の中には、フランス国歌「ラ・マルセイユ」も出てきます。
さて、この歴史的史実ですが、この戦役をロシア人は「大祖国防衛戦争」と呼んでいます。ナチスドイツの、ソ連侵攻に対する防衛戦争と並び称されています。
ここで、問題です。
ロシア人が、この戦役の英雄クツーゾフを称え賞賛する事は、「反仏教育」、あるいは「反独教育」に当たるのでしょうかねぇ?こんな事、歴史書で教えたら駄目?
ロシア人が、「大祖国防衛戦争」と褒め称える事は駄目?反仏教育?反独教育?
ナポレオンやヒトラーは侵略者では無かったの? ロシアが、大陸封鎖令を守らなかったから、ロシアが悪い?それは、必然だった?
寡聞にして、フランスやドイツがロシアに対して、反仏教育、反独教育と
非難した事は聞いた事が無い。
世界史的にも、認められているだろおおお?違う?
何故、事実を教えたら、反○教育になるのでしょうかねぇ?
フランスもドイツも、この事実は受け入れているのですがぇ。ロシアに文句言っています?
つまり、ポン人共は、いつも自分達を中心に世界を見ているから、いつまで経っても責任転嫁、真実を直視出来ない、したくない、受け入れない、言い訳がましいのが多いのです。
世界史に登場した事が無い田舎物だから、全て、他人のせいにする訳でつね。
日本が中国を侵略した事は、否定しようの無い世界史的事実。間違いでつか?
中国大陸奥深くまで侵攻して、敗北して、ほぼ全員無事に帰国出来たのは、
世界史的にも奇跡的でつ。普通、全滅するのが定番です。
戦争の最高指導者の天皇が、処刑されなかったのも、やはり世界史的にも非常に珍しい事です。
東京裁判を開いたのは、アメリカですが。東京裁判に文句があるなら、アメリカのホワイトハウスに行ってプラカード持ってデモしたらどーでしょーか?
以上の、文章に、どこか間違いでも有り?
何か、意見があれば、どうぞ。
。
無い様からしてみると、とっくの以前に論破されまくっていた事のよーだが、
何事も無かったかのよーにして、また再び持ち出して来る所を診ると、健忘症や認知症が入って来ているよーだ。
挨瓦ず、バカなばばあの、歴史講釈にはうんざりしてくるものだ。
ここら辺りで、再び貴重なお説教を垂れて置いてやろおお。
世界史には、侵略した、侵略されたと云う事実が沢山あるのは知っておるのかいなあ?
ちっぽけな日本史鹿知らないくせに、日本以外の歴史の事で大言壮語を話してもなあ?
バカなばあさんにも分かりやすい例を、絵本風に示してあげようね。
アジアの話をすると、日本に関わりがある事なので、とおおおいヨーロッパの例え話しを、聞かせてあげようねぇ。
以前にも、言った事があるんじゃないかな?
例える話しの舞台は、1812年。フランス革命後の話。
そもそも、フランスの王政を倒す為に勃発したフランス革命だったが、その最終段階が、皇帝ナポレオンの独裁政治だった事は、皮肉だよね。
全ヨーロッパ大陸を制覇したナポレオン皇帝は、イギリスへの大陸封鎖令に従わないロシアに対し、ロシアの首都モスクワへ大遠征を行う事を決心した。
後の、ヒトラーも全く同じ行動をとった事も知っているよね。
大陸軍総勢77万人。それに対して、ロシア軍は決戦を回避し焦土作戦を展開。徹底して決戦を避け軍隊を温存。ロシアの国土深くへナポレオン軍を誘い込んだ。
まあ、スモレンスク会戦やら、ボロジノ会戦やらで、負けたりしていたが。(日中戦争に、似てるよね)
そして、首都モスクワもナポレオンへ明け渡し退却。モスクワへ火を放った。
ナポレオンは首都モスクワを占領したものの、ロシア軍と戦う事も無く、ロシア皇帝との交渉も出来ずに徒に日時を浪費し、そのまま遂に、冬が到来してしまった。
モスクワには、食料、水も無くばたばたと兵士が病に倒れていった。
遂に、ナポレオンは退却を決心し、モスクワを後にしたが、既に遅し。
退却するナポレオン軍を、ロシア軍は猛追撃し、ナポレオン軍は冬将軍、食料不足、衣類不足の中地獄の様な退却を余儀無くされ、置いてけぼりをくった兵士は全て殺された。
結局12月14日ベレジナ河を渡って帰国出来た人数は1万人以下。実に遠征軍の97%が死亡しました。
この出来事を、曲にしたのが、かの有名なチャイコフスキー作曲、”序曲「1812年」”ですね。誰もが、絶対聞いた事がある筈の名曲です。この曲の中には、フランス国歌「ラ・マルセイユ」も出てきます。
さて、この歴史的史実ですが、この戦役をロシア人は「大祖国防衛戦争」と呼んでいます。ナチスドイツの、ソ連侵攻に対する防衛戦争と並び称されています。
ここで、問題です。
ロシア人が、この戦役の英雄クツーゾフを称え賞賛する事は、「反仏教育」、あるいは「反独教育」に当たるのでしょうかねぇ?こんな事、歴史書で教えたら駄目?
ロシア人が、「大祖国防衛戦争」と褒め称える事は駄目?反仏教育?反独教育?
ナポレオンやヒトラーは侵略者では無かったの? ロシアが、大陸封鎖令を守らなかったから、ロシアが悪い?それは、必然だった?
寡聞にして、フランスやドイツがロシアに対して、反仏教育、反独教育と
非難した事は聞いた事が無い。
世界史的にも、認められているだろおおお?違う?
何故、事実を教えたら、反○教育になるのでしょうかねぇ?
フランスもドイツも、この事実は受け入れているのですがぇ。ロシアに文句言っています?
つまり、ポン人共は、いつも自分達を中心に世界を見ているから、いつまで経っても責任転嫁、真実を直視出来ない、したくない、受け入れない、言い訳がましいのが多いのです。
世界史に登場した事が無い田舎物だから、全て、他人のせいにする訳でつね。
日本が中国を侵略した事は、否定しようの無い世界史的事実。間違いでつか?
中国大陸奥深くまで侵攻して、敗北して、ほぼ全員無事に帰国出来たのは、
世界史的にも奇跡的でつ。普通、全滅するのが定番です。
戦争の最高指導者の天皇が、処刑されなかったのも、やはり世界史的にも非常に珍しい事です。
東京裁判を開いたのは、アメリカですが。東京裁判に文句があるなら、アメリカのホワイトハウスに行ってプラカード持ってデモしたらどーでしょーか?
以上の、文章に、どこか間違いでも有り?
何か、意見があれば、どうぞ。
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これは メッセージ 181825 (run_run72 さん)への返信です.
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