Re: 中国人講師「中国の教科書、95%デタラ
投稿者: cobapics0506z 投稿日時: 2010/05/15 01:29 投稿番号: [181927 / 196466]
本心で罵倒したければ罵倒すればいい。
今までのいきさつと言うのもあって、別に俺が罵倒してよく、君はだめという意味ではないよ。
俺は、罵倒も議論の流れの中で(表現の一環)と思っていますよ。罵倒自体を是認という意味じゃなく、あくまで自然態のコミュニケーションの中に有ってのことなら、理解する)
それと俺の知り得る限り、もっとも美しい言葉を操る人なら、罵倒語も常人の思う以上に豊富だったし、今もそうだ。昔の日本では藤原定家が。この人の和歌は、途轍もなく美しい。でもこの人の常用罵倒語と言ってよいぐらい、50以上あった。もしも彼の日記「明月記」にある罵倒語を、それも非常に汚いが、統計すれば270種以上あった。後鳥羽院も罵倒の対象だからね。よっぽと罵倒好きなようだ。ドイツの哲学者には何人もいる。エンゲルスも荘だったが、アドルノもそうだ。彼は『美学理論』を書いているのに、罵倒語も登場させる。
要するに、人間の言葉である以上、人間感情からあふれ出た、表現の一部だと思います。日本語には罵倒語が少ないとか、罵倒語が少なければ上品な言語だとか、それを読んでいて逆に思うのは、こいつらは偽善者、無知すぎる。日本語に罵倒語の数が少なくはない。ただば万年罵倒語になっているだけです。日本語の馬鹿、どこでも聞こえる、使用率はおそらく世界一高い罵倒語と思われます。江戸時代、もし武士に向かって『卑怯』という言葉を吐いたら必ず刀を抜く。それほどのひどい罵倒語だったから。
話はずれたけれど、問題は中韓の人に対して罵倒を辞ないその心理。罵倒も国を選べるようなその屈折した精神、そこが笑える。そんな人間はアメリカ、ヨーロッパの方に軽蔑されるよ。
笑、そういうこと。
これは メッセージ 181912 (run_run72 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffccf4x78_1/181927.html