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★シナ事変はどうして起こったか★

投稿者: yume_sarasa1211 投稿日時: 2010/05/09 21:58 投稿番号: [181788 / 196466]
★シナ事変はどうして起こったか★
渡部昇一書下ろしニュースレター    平成22年5月7日

  前回、日中歴史共同研究報告書について、南京事件を例にそのデタラメさを
批判した。今回はその続編である。そもそもシナ事変はどうして起こったのか。
これはこれまで私が繰り返し述べてきたことだが、
相変わらず事実を見ようとせず、日本がシナを侵略するために勝手に引き起こした、
という妄説がはびこっている。
この妄説が引き下がり、事実に立った日中共通の歴史認識が定着するまで、
私は何度でも言わなければならないと思う。

  昭和12(1937)年7月7日、日本軍は盧溝橋一帯で演習を行っていた。
そこに1発の銃声が響いた。これがシナ事変の発端とされる。
これによって戦闘状態に入ったことは事実である。
『史』(新しい歴史教科書をつくる会 / 2010年3月号)によると、
その4日後の7月11日、シナ第29軍副軍長の泰徳純と日本軍北京特務機関長の
松井久太郎が会談、停戦協定が結ばれた。
現地では停戦が成立し、銃火は収まったのである。
しかも、注目すべきは停戦協定の内容である。
協定は3項目から成っているが、その第1項はこうである。

  「(シナ)第29軍代表は日本軍に遺憾の意を表し、かつ責任者を処分し、
将来責任をもってかくの如き事件を引き起こすことを防止することを声明する」

  非がすべてシナ側にあることを認めていることは明らかである。
このように述べると、それは日本軍がシナ軍に圧力をかけてこのような文言に
したのだろう、などという輩がいる。
だが当時、盧溝橋界隈にいた日本軍は5,600人、
これに対して第29軍は15万人なのである。
彼我の勢力の差は明らかで、
わざわざ戦闘を引き起こすような状態には日本軍はなかったのだ。


  さらに第3項はこうなっている。
「事件はいわゆる藍衣社(らんいしゃ)、共産党、その他の抗日各種団体の指導に
胎胚(たいはい)することの多きに鑑み、将来これが対策をなし、取締りの徹底をなす」

つづく

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