日中関係

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Re: 沖縄復帰運動の歴史を教えるべきです。

投稿者: sintyou7 投稿日時: 2009/08/25 21:31 投稿番号: [177894 / 196466]
この文章は、”イタイ”ね。

>1947年、マッカーサーは琉球諸島のヤマトからの分離と合衆国による軍事植民地化という暴力を正当化する文脈の中で、

「沖縄人は日本人ではない」
 
としている。彼が琉日関係史の中でヤマト人による沖縄人への差別と暴力を踏まえていたのは明らかである。そして、沖縄は日米の天然の国境であること、米国による沖縄保有にヤマト人は反対しないであろうこと、それは戦争を放棄したヤマト人が沖縄人とは根本的に違うためであり、沖縄に米軍の兵力を常駐させることは、そんなヤマトへの絶大な安全保障になると続けた。

  その意味するところは、米国が沖縄を暴力によって軍事基地化することが、ヤマトを非武装化し「平和憲法」と「民主主義」をヤマト人に付与するために絶対不可欠な担保であったことを示している。即ち多くのヤマト人が熱狂のうちに受け入れた「平和憲法」と「民主主義」は、そもそもが沖縄人という犠牲を差し出すことによってめでたく与えられたということなのである。

  「平和憲法」と「民主主義」を手に入れるために、ヤマト人は一滴の血も流してはいない。
  だから今もってこれらはヤマトとヤマト人に真の意味で根付かないのである。

  マッカーサーの予言は見事なまでに的中し、米国による沖縄保有に反対するヤマト人はいなかった。
  逆に昭和天皇による軍事占領継続の要望が出るなど、ヤマト人は積極的に米国の沖縄保有を希望した。それは米国にとっても利益になるし、日本を守ることにもなるという圧倒的意見であった。この場合の「日本」に沖縄が含まれないのは明らかである。
 
「沖縄人は日本人ではない」
 
と考えていたのはマッカーサーだけではなかったのだ。

サンフランシスコ平和条約を、ヤマトは「民主主義的」手続きによって明確に承認した。

そこには沖縄人を犠牲として差し出すことに一片の躊躇もなかった。言い換えれば、ヤマト人は民主主義を通して「沖縄人は日本人ではない」と宣言したのであり、沖縄の軍事基地化、軍事植民地化に積極的に賛成したのである。

平和条約の発効の日は、ヤマト人にとっては祝賀記念日であっても沖縄人にとっては屈辱の日以外の何ものでもない。暴力による沖縄の軍事植民地化をヤマト人は狂喜乱舞して祝賀したのである。その後のヤマトがどのような歴史を積み重ねたかは改めて言うまでもない。しかしその実態は、

戦後のヤマト人が「平和憲法」と「民主主義」に守られながら、繁栄を欲しいままにし、核兵器廃絶を自由に叫んで来た一方で、沖縄人は「唯一の被爆国」を核の傘で守るための犠牲を強要された。

  という、客観的事実であることを決して忘れてはならないのである>>

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