>とんでも解釈では
投稿者: mawaru_01 投稿日時: 2001/06/06 12:12 投稿番号: [17750 / 196466]
>帝国主義時代は「力」が正義であり、力により自己の意思を押し付ける側と、力が無く相手の意思を押し付けられる側に分かれており、それが当然の世界であった時代です。
当時、弱い中国は「力」のある大日本帝国にさんざん譲歩してきた。莫大な金額を日本に支払った。日本はそれでも満足せず、中国の全土支配を狙って開戦の口実を伺っていた。それが盧溝橋事件の背景ではないか?
>現代の価値基準により、それを「不平等条約」=(無視しても良い)と判断するのは、独善ではありませんか。
中華民国政府はその「不平等条約」を履行する義務がないと言った。言いたいのは「駐兵権」があるから、いつまでも好き勝てなことをして良いと言えないのです。
>1950年代の
中国とチベットの17条協定は「平等条約」でしょうか?
力の部分も否定できないと思いますが、国家統一の過程における国内協定と国家間の条約と同列ではないでしょう。
PS:そのクルクルPaー助ってなんや。からかっているの?
これは メッセージ 17740 (jyoui さん)への返信です.
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